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写真家kana
このブログに月別カレンダーを控えめに下のほうに付けたので見ていたら、ブログ開設のはじめの頃はいろいろと更新していたなーと反省しました。「へー、こんなことも書いてたのかー。」と。そういえば最近は展覧会の感想なんかばっかりで、日常的なことを書いてなかったな、と思い、今回はギャラリーであったことを少し書いてみたいと思います。本日ふたつめの更新!

1月12日から始まった2008年初の展覧会。結構大掛かりなインスタレーションが多くて、準備が大変でしたが、ポルトガル人のアーティストさんのアトリエとのコラボレーションばっちりで、とても面白い良い展覧会になりました。そのうえいっつも閉め切っているブラインドもアーティストの要望により全開で、道から丸見え、一般のビジターさんも入りやすいのか、普段はここにギャラリーがあったことなんて知らなかった人たちも入ってきてくれたりします。

準備のためにどったんばったんしていて、まだ設営もすべて終わっていない状態でしたが、コレクターやプレスから、「作品の写真を送ってください!」との催促に追われ、プロの写真家さんを待っていられない状態になりました。「とりあえずの資料としての写真ですからねー。」ということで、私がデジカメで撮った写真。それをとりあえずのためにギャラリーのサイトに載せているんですが、あるインターネット上のメディアへプロの写真家の撮った写真を送ると、「サイトに載ってる写真のほうがいいからそっちを送ってもらえますか。」とのこと。
「えー、でもそれって私が曇った日に光も何もなくて適当に撮って、適当にフォトショップでいじっただけのやつやでー。」と言うと、他のアシスタントさんたちも、「でもこっちがいいって言ったはるしなー。作品の向きもこっちがいいやろー。」ということで送信されてしまいました。

「じゃあ写真クレジットはkanaって書いてもらってな!著作権守ってもらってな!!」
なんてぎゃーぎゃー言いながら。もちろん冗談ですけど。
著作権フリーです。まあ、私の働くギャラリーのプロの写真家さんの著作権もフリーですけどね。

さてさて問題の写真。どっちが私が撮ったほうでしょうか!?

Euphrosyne.jpg Thalie.jpg

上のでしょうか!?下のでしょうか!?

8134.jpg 8133.jpg


こうやって見るとやっぱり全然違いますね。
でもプロの写真家さんの撮った展示風景が気に食わなかったりしたら、自分たちで撮ってそれが雑誌に載ったりもするんですよー。やっぱり写真クレジット載せてもらおうか。良い宣伝になりますしねー。別に写真家じゃないし、写真家になりたいとも思ってないので、どうでもいいんですけど、、、。
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01/23 06:48 | 出来事 | CM:0 | TB:0
知らない間に、、、
このあいだ、ギャラリーでの次回の展覧会のアーティストさんのカタログを眺めていて、驚いたこと。

カタログに知ってる人が載っていた!
次回のアーティストは以前にパリのPassage de Retzというところで個展を開いたことがあるんですが、その展覧会での模様が結構カタログに写真で掲載されている。その写真の中で2枚も最近知り合った日本人の男の子が載っていた。
前から何度も何度もこのカタログは見ているのに、日本人どころかアジア人の男の子が写真に写っているのなんか、ぜんっぜん気づかなかったのに、、、。
でも今回はパラパラ~とめくっていて、「あ、ともくん。」と気づきながらも普通に素通りしそうになりました。「あ、ともくん。」パラ、、手を留めて「ええ~?ともくん?」と後戻り。「ほんまにともくんや~!」とガン見。「これ絶対そうや!」と思って他のページも見たらまた載ってる。
結構興奮してその場でともくんにメールしてしまいました。
ちなみにです。
メールをしたら「その展覧会よく覚えてるよ~。あのアーティストがまた展覧会するんだったら絶対見に行きたい!」なんてうれしいことを言ってくれました。

そういうことってよくあるのかなー。
この話を同僚にしたら、「私もFabrice Hybertのカタログ載ってるよ!」って言ってきた。

もしかして私もどこかのカタログに載ってたりして!
見つけた人がいたら連絡ください!!

この話で思い出すのがこの作品。
Leandro ErlichのSwimming Pool。金沢21世紀美術館にある作品で私も体験したことがありますが、この有名な写真。写ってる人たち知ってるのかな~?
theswimmingpoolbd.jpg
12/14 07:16 | 出来事 | CM:0 | TB:0
嫌いになれない人
一週間ほど前にミクシーに書いた日記なんですが、どちらかというとアート界底辺日記向きやったかなと思ったので、こちらにも載せてみます。


今日は、ギャラリーでの仕事のあとに、ギャラリーで、あるお抱えアーティストさんのNPO団体の年会があった。
そのアーティストさんっていうのは、ギャラリーのお抱えのなかでも唯一亡くなっている方。そんなわけで仕事はほぼ彼の未亡人と、ということになる。

その未亡人はやたらと細かいというか、ものすごくそれぞれの作品を大切にしている人。だから当然、ギャラリーのみんなから煙たがられている。私は、みんなが嫌がる仕事だからか、彼女とそれなりにうまくやっているからか、そのアーティスト関係の仕事を振られることが多い。彼女がうるさいのは、私にとっては当たり前といえば当たり前。だってそれは彼女の彼と過ごした人生でもあり、それは彼女の人生でもあるわけだから。でもギャラリーの同僚のなかには、「そんなんしたってヤツのダンナが生き返るわけでもなんでもないけどな!」とかちょっとひどいことを言う人もいる。

去年くらいにできたその団体の会。まあ、いわゆるフランスでのNPO団体の年会に関する法にしたがって、いくらのお金が入って、現在どういう人が中心になって彼の作品研究や普及をしているか、などの紹介があって、まあいつもどおり、シャンパンで乾杯。

私はその未亡人と、彼女の家で働くことがここ最近多くあった。ときには、ギャラリーにいれば考えられないようなほど遅くまで残ったり、言い争いのケンカをしたり、彼女の前で泣いてしまってそのまま泣きながらギャラリーまで帰ってきたりしたこともあった。そんな私を見て、同僚たちはほんまに彼女が嫌いになった。

でもそれでも私は彼女を嫌いになれない。彼女の悪口を言えない。

仕事の内容といえば、ギャラリーでのあとからあとからかかってくる電話に答えたり、メールに答えたり、展覧会のオーガニゼーションをしたり、そういうのとはまた少し違った、まさに「美術史」の一部に関係していると感じるような仕事。

今日の会には、本当に「豪華!」といえるような、ポンピドゥーセンターのディレクターやら、フランスで署名な美術批評家たちやら、フランスでありえへんくらいお金持ちのコレクターたちやらのオンパレード。
そしてみんなが彼の作品を愛していて信じていた。

そんな面々が少しずつ帰っていくころ、その未亡人が「カナ、本当にありがとう。私がひどいことを言ったりしたの、本当にごめんね。」と今までにも何度も聞いたことを、少し酔っているのか、繰り返して、何度も私を抱きしめてくれた。

彼女は、「彼はね、とても素敵な人だった。そして彼はすばらしい作品をたくさん残してくれた。そして彼がなくなってから15年ほどたつけれど、みんながまた彼の作品を通して集まった。私は一人じゃないのね。」と涙を浮かべていた。

私は本当にたいしたことをしてないけれど、まだ「誰か」になれてない人間やけど、そういうのここに来た誰よりも感じてわかってます。と言いたかった。でも言えたのは、「これは始まりでしかないんですよ!これからやることは山積みですから!彼の作品を愛する次の世代はどんどん育ってますよ!」としか言えなかった。

歴史というものは「美術史」であろうとなんであろうと、同世代が生きている間に残すことがベストであると思ってる。だから彼女がそのアーティストと、感じたことや生きたことも少しでも残していかないといけないと思う。こんなことを言うとまるで「彼女が死ぬ前に」なんて思っているようですごくひどいかもしれないけれど(ちなみに彼女はまだまだ若いです。まだまだ死にません。)、それは彼女自身が一番感じていることやと思う。

歴史ってすべてもう終わってしまったことのまとめのようで、普段私が働いている世界はアートが商品として成り立っている世界で、どちらにしても、そんな生きている人間特有の、感情のない、まあ言わば人間味のない世界で働いているような気がよくするけれど、彼女が誰もいないギャラリーの地下で私にだけみせてくれたその涙はいろんな感情にあふれていて、素敵やった。
でも涙がうるうるっとなった瞬間、「どこそこのなんちゃらコレクターは、、、」って言ったら彼女はすぐに「あ、そのこと○○(私のボス)と話すの忘れてた!ちょっと行ってくるわ!」って涙を拭いてみんなのもとに戻っていった。

私も彼女の前で泣いたし、彼女も私の前で泣いた。これでおあいこや。
これからもいっぱい口げんかするんやろうな。

彼女はエルメスで何十年もプレスとして働いていた人で、そんな彼女でも、私がこれからどうあがいたとしても、勝てないものを世の中のクリエーターと呼ばれる何かを創造する人は持っていると思う。自分のあとに残っている何か。
そういうのを作品だけ見て「アートはやっぱりやめられない!」とも思うし、彼らの残していった作品以外の何かを見て「アートはやっぱりやめられない!」とも思う。それが本当の意味でのカリスマだと思う。

そんな彼の作品はポンピドゥーセンターの常設展で見れますよ。
12/09 23:29 | 出来事 | CM:3 | TB:0
この時期多くなるメール


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こないだの記事でかわいいなって書いてたUNIQLOCKをつけてみました。
でも音を出るようにしたのでちょっとうざいです。
うるさくてごめんなさい。
音なしのほうがいいかなあ?

やっぱりうるさくてしゃーないので、音なしのUNIQLOCKに変更しました。(2007年10月30日)

FIAC(パリ国際現代アートフェア)まで、少し余裕が出てきたので、ばりばり更新。

毎年FIACの前になると、やたらとギャラリーに飛び込んでくるメールがあります。

それはどんな内容かというと、、、

「FIACのサイトを見て、貴ギャラリーのアーティストに格別の興味を持ちました。しいては是非貴ギャラリーのブースでお会いしたいと思いますので、FIACの招待状を下記まで送付してください。」

というもの。

これは例えば「貴ギャラリーのサイトを拝見して、FIACに参加されると知りました。しいてはこの機会に是非お会いしたいと思うので、FIACの招待状を下記まで送付してください。」と変化したりします。

この類のメールってきっとFIACに参加するすべてくらいのギャラリーに送ってるんだろうし、別に「あなたのギャラリーの○○というアーティストがどっちゃらこっちゃら」っていう部分もないので完無視ですが、こんなメールでわざわざ切手まで貼って実際招待状を送るギャラリーってあるんだろうか?

っていうか、本当のコレクターだったら普通にお金払うなり、それなりに知り合いのコネクションがあって、こんなメールを送ってこないのになーと「削除」のクリックを連発しながらぼんやり思ったりします。

そんなことよりFIACからまだ招待状送ってきてないよ!今年のFIACはどうもやたらとごちゃごちゃしてそうで、もうすぐ始まるのに、大丈夫なんかいな、という感じです。

そんなわけで今年も始まるFIAC。
http://www.fiacparis.com/

FIACのブースに展示するために用意していた作品たちが、すでに売れていたりして、それはギャラリー的には良いことなんやろうけど、ブースの展示的にはあまりもんだらけになっちゃうんじゃないの~と、少し心配です。せっかくやったらやっぱり均衡のとれてる美しいブースにいたいですからね。

ってまあ、たかだかアシスタントの私が心配するじゃあないけどな。と少し卑屈になってみたり。


FIACに行くつもりです~。という方!私がいたら声かけてくださいねー。って私ってわからへんか、、、。


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10/02 04:32 | 出来事 | CM:2 | TB:0
別離


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今日2007年1月31日はポンピドゥーセンターが開館してちょうど30年目です。
朝からそればっかり。まだ意識のはっきりしないベッドの中で聞くラジオから、ポンピドゥーセンター30周年ということでラシン(館長)とパックマン(学芸員長)とヴェイヤン(アーティスト)がインタビューを受けていました。
17時から19時まではギャラリーのオーナーも30周年式典に参加しに行きました。戻ってきたオーナーの袋の中身を早速漁ってみたら、30周年のどうしようもなくダサいポスターと30周年記念のしょうもない本とピエール・マルコリーニのチョコレートと音楽も聴けるUSBメモリーでした。
ポスターと本はすぐにゴミ箱へ、チョコレートはすぐに私のおなかへ、USBメモリーだけが残りました。


そんなことはほんまにどうでもよくって、、、
本題。

私がギャラリーで働き始めてから、ギャラリーお抱えアーティストがギャラリーから離れていくということが何度かありました。

よく思い出すと、一人目はもうあまり連絡を取らなくなっていて大したケアもなかったけれど、作品がいくつかギャラリーに残っていたアーティスト。彼女の場合は一作品だけギャラリーが購入して、それ以外、っていっても10作品もなかったけれど、アメリカに送り返しました。

2人目はアーティスト自身から話がある前に、周りから「○○はあっちのギャラリーに行くことになった。」とウワサに聞いたとても悪い例。
そんな状態だったので、コミュニケーションも手紙のやり取りなんかでとても後味の悪いものになりました。そのアーティストの直属のアシスタントさんとも仲が良かったのでとても残念でした。
彼が別のギャラリーに行ってからも、彼から脅迫(!)の電話がかかってきたり、なんだか嫌な感じです。
オーナーとしてはかなりダメージを受けていたようだけれど、「彼は自分が育てたんじゃないから。」ということで受け止めたようです。

そして現在、3人目。彼女はまず手紙を書いてきて、驚いたオーナーがすぐに電話。彼女に3日後に話をするためにわざわざ国境を越えて会いに行ったわけですが、やっぱり話がうまくいかなかったようです。
私たちアシスタントとしては、オーナー側からの話のバージョンしか入ってこないのでなんとも言えませんが、なんだかなあ。
このアーティストはオーナーがギャラリーを開いた10年以上前から大事に大事に育ててきた人です。今では結構有名でよく売れているし、ギャラリーには欠かせないアーティストの一人でした。
このアーティストの現在の状況と、今までの関係をオーナーから聞くと、どうして彼女が、ある別のギャラリーに行くのかまったく納得がいきません。でもそういうもの。以前にはめちゃくちゃ有名で乗りに乗っていたアーティストさんたちも、ギャラリーを替えた瞬間売れなくなったりっていう話はゴロゴロしているのです。
彼女の言い分をオーナーから聞いても、なんだか子供がダダをこねているようにしか思えない私。っていうかその論理は成り立たなくない?みたいな。みんないくつになってもいろいろ悩んでるんやね。と他人事で済ませますが、そこはストック管理責任者の私。このアーティストのギャラリーに保管してある全作品をアトリエに送り返すという作業の真っ最中です。これがまたでてくるでてくる。50作品以上はあるね。まさにアーティストとギャラリーの10年以上にもわたる密な付き合いを目にするよう。

毎回お抱えアーティストがギャラリーから離れていくときは、まるで恋人同士の別れのときのような修羅場が繰り広げられるんですが、そんな二人の別れの後始末をしているような感覚になります。
そう、まさに一緒に住んでいたカップルが別れることになって、友達の私がアパートに行って出て行く方の荷物をまとめて引っ越すような、、、。
「今荷物まとめてるけど、でもまた戻ってくるかもしれないし。明日になれば「やっぱり」って電話してくるかもしれないし。」
そんな風に思うのです。

マネーマネーマネーの世界だけれど、そんな人間劇場も広がってるんですよー!


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02/01 04:44 | 出来事 | CM:4 | TB:0
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