スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/-- --:-- | スポンサー広告
Andres Serrano /アンドレ セラノ「Shit」
先週の土曜日に、今年度最初のマレ地区の現代アートギャラリー巡りをしたんですが、「これ!」というものにあんまり出会えませんでした。

そんななかでも、これだけは絶対見に行かないと!思っていたのが、Galerie Chantal Crousel/シャンタル クルーゼル ギャラリーのウォルフガング ティルマンス展と、Galerie Yvon Lambert/イヴォン ランベール ギャラリーで2008年9月12日から10月11日まで開催されているAndres Serrano/アンドレ セラノの「Shit/うんち」展でした。

この有名なアーティストのことはもちろん以前から知っていましたが、彼の作品に特別興味を持ったのは、作品の前でへたり込んでしまうほどどこまでも美しい「The Morgue/死体公示所」シリーズに関するダニエル アラスのテキストを何年か前に読んでからです。
305296.jpg sean01g.jpg
ブログに載せるのに、一応血とか肉とか変色とかのあまり見えないものを選びました。
死因がそれぞれの作品のタイトルになっています。


さてさて、パリとニューヨークに既にギャラリーを持ち、フランスのアヴィニヨン近くには財団を持ち、来る10月16日にはロンドンにも新しくギャラリーをオープンさせる、Galerie Yvon Lambert/イヴォン ランベール ギャラリーですが、アンドレ セラノの作品に関しては独占権を持っています。ということは、基本的にこのギャラリーからでないとアンドレ セラノの新作は手に入らないということですね。まあそんな、ギャラリーにとっては大切なアーティストさんの一人であるセラノの個展、パリだけでなくニューヨークでも同時期に開催されています。展示風景をサイトで見る限りでは、エディション違いの同じ作品が展示されているようですが、その展示方法が少し違います。


パリでの展覧会風景はこんな感じです。
DSCN1558.jpg
「うんち」展だから、セラノお得意のドアップのうんちの写真だろうという予測がついていたとはいえ、展示スペースに体中入ってしまうと、ほんとにうんちだらけでちょっと「うへえっ」となりました。こんなにじっくりうんちを眺めることなんて普段ないですからねー。

先ほどの「死体」シリーズでも感じる、作品の前での「いたたまれない」感。「死体」シリーズではなんだか凝視してはいけないものを見て、それを「美しい」と感じてはいけないんじゃないだろうか、という自分のなかの声と、それでもやっぱり「美しい」と感じずにはいられない矛盾がありますが、今回のシリーズでは「凝視したくないのに、じっくり見てしまったー。」という妙な不快感と呼べばいいんでしょうか、違った意味での矛盾がわき起こってきます。

そんなこんな言ったって、まあ真面目くさった顔をしてうんち写真を見てる私たちのほうがよっぽど滑稽なのかもしれません。

DSCN1559.jpg
この真ん中の上の写真とか、鶏の顔みたいに見えません?

DSCN1560.jpg DSCN1561.jpg DSCN1562.jpg DSCN1563.jpg
ころころしたものから、洞窟のような海沿いの岸壁のようなものから、カレー味(すいません!)のようなものから、なんか髪飾りをつけている頭のようなものから、いろいろあります。これってうんちを見つけてその場で撮影したんでしょうか、それともわざわざスタジオまで持って返ったとか?それはさすがにないかな。

有名なギャラリーなので毎回結構見応えがあります。パリに来られる際は是非立ち寄ってもらいたいスポットです。こんなに大きなギャラリーなのに、受付にイヴォン ランベール本人がいることもしょっちゅうです。

Galerie Yvon Lambert/イヴォン ランベール ギャラリーのサイトからアンドレ セラノの名前をクリックすると、うんちが見放題なのはもちろん、うんちシリーズ以外も見れますよ。

Galerie Yvon Lambert
108 rue Vieille du temple
75003 paris
tel : +33 (0)1 42 71 09 33
fax : +33 (0)1 42 71 87 47
火ー金 10時-13時 14時半ー19時
土 10時ー19時


クリックもお願いします!


にほんブログ村 美術ブログへ


スポンサーサイト
09/25 03:19 | ギャラリー | CM:6 | TB:0
ダミアン ハースト @ サザビーズ ロンドン
先週と今週は、私の働くギャラリーでもロンドンで月曜と火曜に行われたダミアン ハーストサザビーズでのオークション「Beautiful inside my head forever」のことで持ち切りでした。

image_46438537.jpg

結果は月曜日がこちらで、火曜日がこちらです。

10日間の展示会で21000人もが見に来たわけですが、先週末にロンドンに行っていた私のボスも、このオークションの展示会を見て、パリに帰ってくるなり「すごかったーーーー。」と言ってました。私もホルマリン漬けの牛とサメ見たかったなー。まあこれを何度もやるのには動物好きなので反対ですが。そんなことよりボスのブラックベリーがうまく機能しなくてパリのギャラリーにいる私たちも連絡がとれず困っていたら、次にかかってきた電話が「なおったー。ダミアン ハーストが直してくれたわ。」というものだったのでびっくり。「ええ!ハーストに会ったんですか!!」って聞くと「そうそう、ご飯食べてたらそこにいはってん。」「えー、その電話、金庫入れといたほうがいいんちゃいます?」なんて話もありました。

HirstBull2-thumb-400x507-thumb-250x316.jpg

写真がここから、動画がここから見れます。

簡単になぜこのオークションがこんなに話題になったかと言えば、ダミアン ハーストはガゴジアンとホワイト キューブという世界トップのギャラリーのお抱えアーティストで、世界で最も作品の値が張るアーティストの一人です。そんな彼がふつうならセカンダリーマーケットとして存在するオークションハウスであるサザビーズで、わざわざこの機会のために制作した(といっても彼は常時100人以上ものアシスタントを抱えるアーティストビジネスマンなので、別に彼が絵を描いたりしてるわけではありません。)アート市場に初登場する作品223点(!)をも、アーティスト自身が直接競売にかけるからです。

アート市場にはプライマリーマーケットとセカンダリーマーケットというのが存在して、例えばギャラリーがお抱えアーティストの作品をコレクターに売るという市場が第一市場でありプライマリーマーケットと呼ばれます。そしてそのコレクターがその作品をまた別の画商を通したりオークションハウスを通したりして売買するのが第二市場であるセカンダリーマーケットです。セカンダリーマーケットはその作品が売買しつづけられる限り、第3や第4市場とは呼ばれずセカンダリーマーケットと呼ばれつづけます。というわけで、暗黙の了解でアーティスト本人ができたてほやほやの作品をセカンダリーマーケットの代名詞でもあるようなオークションハウスに委ねるということは、密な関係を維持しているはずのプライマリーであるギャラリーを完無視してるという、ある意味小気味良いような、ギャラリーからしたらかなりの謀反行為となるわけです。

と言っても、現実にはガゴジアン本人も今回のオークションに作品を買いに来ていたようだし、大成功に終わった今回のオークションによって逆にまた一段とハーストの作品価格が跳ね上がったわけで、別にこれからは普通にギャラリーを通して売っていくでしょうから、ギャラリー側からしても良かったのかもしれません。まあそれは単純過ぎる意見かもしれませんが。きっとアート市場はもっとややこしいものなのかもしれませんが、私にはよーわかりませんわ。

私の働くギャラリーにサザビーズからのダミアン ハースト オークションのためのカタログが届いたときには、度肝を抜かれました。そんじょそこらの展覧会のカタログなんかより何倍もすばらしいカタログで、なんかしらんけどキンキラキンです。カタログも1300冊も売れ、サザビーズに電話をしても手に入らないような状況になっていたようです。

h_4_ill_1095641_veau.jpg

驚きはオークションの目玉商品(商品で合ってますね。この場合)のひとつであるホルマリン漬けのサメの落札者が出なかったこと。まあそんなことを言っても、二日間のこのオークションの売り上げは1億1100万ポンド(約211億円)。もうこんな単位よくわからないけど、最低評価額の2倍の売り上げだったらしいです。こう言ってくれたほうがわかりやすいです。すごさが。もうひとつのホルマリン漬けの目玉である金の子牛は、1030万ポンド(約19億円)で売れましたとさ。

hirst-shark.jpg

まあこういう類いのプライマリー マーケットとセカンダリー マーケットがぐちゃぐちゃになってどうしたらいいんでしょうというような出来事は、フランスでは法律によって禁止されてるようです。フランスのオークション会社はせめて一度はどこかで展示されたものか、一度でも誰かに購入されたものでないと、扱うことができないってなんかの記事で読みました。そういえばこのブログに以前、ジャン フィリップ レイノーというフランス人アーティストが自分の作品をオークションにかけます、という記事を書いたことがありました。しかしこの場合はわけが違います。だってここで競売にかけられた作品は最新のものであったわけではなく、彼のアトリエの倉庫に眠ってた作品たち、そして一度はニースでの個展で展示された作品で、今までに買いたいと思う人があれば、なんとかしたら買えた作品たちですから。それに彼は「ここ!」といった特定のギャラリーを持たないアーティストでも有名です。また最近では中国や近東アジアのアーティストたちが自分たちの作品の価格を生み出す(ここの違いです。)ために、作品を競売にかけるということをしているようです。まあどちらにしても、今回のサザビーズでのような芸当ができるのは、世の中探してもダミアン ハーストくらいでしょうから、そんなにアート市場が心配することもないのかもしれません。ハーストのインタビューを読むと、さすがの彼でもこんなことして成功するのか心配で怖くて怖くてたまらなかったらしいですが、実際アート界の人たちも「これは成功しないでしょう。」と言ってたのに、唯一と言っていいくらい、The Baer Faxtというメールマガジン(?このカテゴリで合ってるのかな?)を書いてるJosh Baerだけが「成功するだろう。」と言ってました。このメルマガは現代アート界の最新の情報満載です。怖くなります。どこの誰がいつからどこのポジションについたとか、オークションの落札者の名前とか。


というわけで蓋を開けてみたら、世界のお金持ちたちがこぞってハーストを値をつりあげ、一人のアーティストに関するオークションでは記録を打ち立てました。作品は目新しいものがなく、今までにハーストが発表してきた作品のバージョン違いというような現代アートにありがちな「え?これエディション?」というようなものの羅列でしたが、それでも成功したのに、驚きというか、もう私なんかは感動を覚えます。


ま、底辺の私にはあまり関係のないことです。

最近、ダミアン ハーストとジェフ クーンズの話しかしてない気がします。
今日のブログも、ハーストはフランスのことちゃうし、私が見てきたわけでもないし、いっぱい情報もあるし、書かんとこーと思ってたのに、他の記事の前振りで書き始めたらとまらなくなりました。


クリックもお願いします!


にほんブログ村 美術ブログへ


  
09/20 06:38 | アート市場 | CM:7 | TB:0
2008年8月備忘録 日本
8月の一ヶ月間は日本に里帰りしていました。毎年のことですが、夏休みなのでアート鑑賞のほうもバカンス気味。
展覧会自体よりも、日本の各美術館に対する印象のほうが強く残った夏でした。

例えば、

東京国立近代美術館には東京滞在4泊5日の最終日に行きました。
それまでに東京の人の多さとか、電車、駅のホーム、街のなかいたるところ、それこそ美術館の中までも、どこに行っても逃げられないアナウンスの音に本当に本当にうんざりして、「そんなに5秒ごとに注意を促されたり、指示されたりしなくても、私たちはちゃんと頭脳があるのに。」といらいらしていたのです。まあ、いろんなことに関して適当なフランスに普段住んでいるからか、日本に住んでる人でも行き過ぎだと思っているのかはわかりませんが、日本の美術館のきちんとし過ぎ、鑑賞者をもとより頭の悪い人間と勘違いしてるんじゃないか、と思うような態度にもうんざりしていました。
そんなとき。
東京国立近代美術館で入場チケットを購入。それを展覧会入り口のところに座ってる係員に渡しました。そのチケットは切り取り線と言うのだったかなあ、半券がちぎれるようになっていました。係員さんが半券をちぎります。すると、その半券のちぎれ方がほんの数ミリ狂って、私に返してくれるほうの半券に数ミリだけ、彼女が保管するべき半券が残ったのです。もう数ミリってほんまに数ミリ。それこそ2ミリくらいの幅に5ミリくらいの長さ。
私は美術館に行ったときの半券なんてすぐに捨てるし、私にとって人生でどうでもいいものリストがあれば、ナンバー1にランキング入りしても間違いないくらい、美術館の入場チケットなんてどうでもいいものなのです。そのうえ一時間半くらいしか次の待ち合わせまでに時間のないときでした。
係員さんに半券を返してもらおうと手を出したんですが、なんとなんとその係員さん、その切り取り線から数ミリ狂った切れ端をものすご丁寧に取ろうとしてるのです!もう衝撃も何も!!気づいたときは気を失いそうになるほど驚いたと同時に、もうその係員さんの仕草とくそ真面目にその数ミリにこだわってる表情が、心のなかではわらけてわらけてしょうがなく、「まじでー!ヴィデオとろかな。」と思ってるのに、私の目は点でした。
あら、なんなんでしょ。


まあこれは面白かったからいいけど。


森美術館にも実は人生で初めて行きました。みんなに「前にパリのポンピドゥーセンターでやってた展覧会と一緒やで。」と言われまくっていたのに、何故か行きました。パリでも一緒にこのアネット メッサジェ展を見た配偶者と「彼女の作品の良さがあーーんまーーーり、わからん。うちらは好きちゃうなー。」とパリのときと全く同じことを言いながらも、最後のほうには「あんまり好きちゃうけど、この人やっぱりすごいな。」とパリのときと全く同じ展開の会話をするはめになりました。
でもパリでより展示方法はずーーーーっと良く、それぞれの作品のための空間作りは素晴らしかったと思います。私よりも2週間ほど先に東京観光をしていたギャラリーのオーナーも、この話をすると、東京でアネットとご飯を食べたときに「ポンピドゥーのときよりも、自分の作品がよりうまく活かされる空間だと思う。」と彼女自身が言ってたよって言ってました。スロープのとことか最高です。最後に展示されてる作品もうまく活きてるし。
しかし!
森美術館はしんどい。
六本木ヒルズと呼ぶんでしたか、その横に廊下でつながってるカプセルみたいなとこからエレベーターに乗ってえらい高いとこまで登らされるわけです。
チケット売り場で不運なことに感じの悪い男子にあたり、日本語のわからない配偶者まで「やつ、感じわるない?」と思うくらい。それもフランスなんて人が感じ悪いのが当たり前で、感じいい人がいたら逆に「え?なんでそんな感じよくしてくれるん?う、裏があるん?」と疑心暗鬼になるくらいの国から来てるのに、その人は感じ悪かった。ま、それはどうでもいい。なんか彼も人生いろいろあるんだろうし、もしかしてすごい不幸が襲いかかってきてるときかもしれないので、そういうこともあるわな。
そんなわけでチケットを無事購入しまして、展示会場に行こうとするんですが、もうこっからが!5メートルごとに係員がいて、案内をしてくれるわけです。ほんまに疲れる。そんな5メートルごとに言われんでも、わかるし!!アホちゃうし!!私は建築とか、森美術館が現代アート関連の施設としてどういう設備を持っていたり、活動を行っているのかも知りたいのに、ちょっと立ち止まったり、壁や天井を見上げていると、
「うーおーぎゃぐーさーまーーーーーーー!こちらでーーーーーーーす!」
と怒鳴られる。
ほんまにうざかったです。
怒鳴られてない間はエスカレーターに乗ってる何秒かだけですが、その何秒かも生きてる人間に怒鳴られることはないですが、機械に一秒たりとも休みなく「黄色の線の内側にいろ。」だの「手すり持て。」だの言われて疲れます。
この話を友達にしたら、みんなはもうそういうことに慣れてるようで、気づかないと言ってました。
お母さんが言うには森美術館はいろいろと安全の問題があって、事故が起こったりもしたので、余計気を付けてはるんやろ、ということでした。
でもねえ。あんなとこばっかり行ってたら、脳みそ全部持って行かれてそうです。
ま、私が田舎モンのオノボリサンなだけかな。


次は何があったかなーー。


あ、そうそう、驚いたのは東京ワンダーサイト渋谷で、いつもそうなのか、今回の展覧会だけそうなのかわかりませんが、作品を見る前に荷物を置いてくれ、と言われました。別に荷物持ったままでも大して支障があるとは思えない展示でしたが、その置いてくれと言われた場所がただのテーブルの上で、それもめっちゃ廊下みたいなとこにあって、誰でも、ほんまに誰でも入って好きなかばん取っていけるようになってます。一応受付の人の目の届く場所にあるテーブルですが、受付の人だって、誰がどの鞄の持ち主が暗記するのが仕事ではないわけで、相当適当です。置き引きの方は、アート好きな現代の若者っぽいかっこしてあそこに行けばかなり稼げそうです。


あとは何かなー。


そうそう、去年に金沢21世紀美術館に行ったときに、監視員さんの監視が行き過ぎで「リラーーーックス。息吸ってー吐いてー。」って思わずやってあげたくなるくらい、緊張張りつめる仕事っぷりです。少しでも作品に近づくと、怒られます。触ってないのに。作品見せたくないなら、展示しんかったらいいのね。
今年はかなりその監視が緩くなってました。作品の前に立っても、背中に監視員さんの射るような視線を感じません。去年は陶器の展示やったからでしょうか、今回は彫刻やったけど。
美術館内に意見箱のようなものがあって、アンケートが書けるようになってるんですが、それで意見をした人が結構いたんでしょうか。私は普段そういうアンケートを全然書かない人ですが、金沢では本当に息がつまりそうだったので、書きました。改善されたなら書いてみるもんですね。
でももう一つ意見したことは変化なしでした。
それは監視員さんの服を変えてあげてほしいってことです。あの服はなんなんでしょうか。掃除夫さんかと間違えるようななんかよくわからん服です。あの服を着なあかんということで、あそこで監視員のバイトをしない人はいっぱいいると思います。


そんなもんかなー。


あ、そうそう、疑問があるんです。最近雨後の筍のように日本中で現代美術館ができてますよね。
私にとって美術館というのは、所蔵作品があってそのコレクションを管理、運営、はたまたコレクション全体を見てどのような作品が足りないのかを把握して購入していく。学芸員はそこに必要で、彼らの仕事はそういう保存をしていくことだと思っています。展覧会を企画するのは別に学芸員じゃなくてもいいわけです。美術評論家でもキュレーターでもそれこそ誰でもいいのです。面白いことが提供できたら。
で、それ以外の展覧会をする機関は名前はなんでもいいんですけど、私はアートセンターという括りだと思います。まああくまで私の捉え方なので、間違ってるかもしれません。
だからなんで森美術館とか所蔵作品も常設展もないのに、名前が美術館なんでしょう?新国立美術館はなんで美術館なんでしょう?
新国立美術館で見た「アヴァンギャルド チャイナ ー中国当代美術20年ー」展はとても面白かったので、その展覧会の質を問うているのではありません。あそこにはポール ボキューズのレストランも、国立なのに何故か「セックス&ザ シティ」というハリウッド映画の大々的な宣伝をしてるVOGUEカフェもあるのに、どうして常設展がないんでしょう?別にボキューズもハリウッド映画も全然いいんです。私もどっちも好きです。ただひとつ気になるのはなんで「美術館」て呼ぶん?「巨大カフェギャラリー」で良くない?ってことです。
金沢の美術館もサイトに近年購入された作品リストがあるのに、どうして永久展示以外の作品の常設展がないんでしょう?
日本の美術館はお金がないから作品購入予算はほぼゼロらしいですが、じゃあなんで世界的に有名な建築家に設計させてすごい建物ばっかり立てて、中はからっぽっていうのを繰り返すのかなあ?
批判でもなんでもなく、ほんまにつぶやきのような疑問を口にしたら、30年以上も建築家の妻をしてる母が言いました。「癒着やろ。」
あ、そっか。簡単な話やった。


でもそういうことを書いてる美術雑誌がない気がする。私は日本のことがあんまりわかってないというか、基本知らないので、もしかしたら存在するのかもしれませんが、日本の有名な美術雑誌ってどれも「一度は行ってみたい美術館!」特集とかで、美術館(?この呼び方にはどこまでも納得いかないけど)雨後の筍現象に拍車をかける情報ばかりで、疑問視することってないのかな?と思いました。そういうのを書いてる雑誌とかあったら、是非教えてください!!すごく興味あります!


そんな夏休みでした。作品を見るよりもそれ以外のとこにいっぱ見所がありました。

なんか文句っぽくなってしまったかな、、、。そう見えるかもしれませんが、これでかなり楽しんだんですよ。口で話せば笑い話やのに、文章にするとむずかしいですねー。

リストは興味のある方どうぞー。

クリックもお願いします!


にほんブログ村 美術ブログへ
09/18 21:28 | 備忘録 | CM:10 | TB:0
辻直之 3連発
去年の夏休みと夏休み中に、偶然3度も目にしたジョージ リッキーというアーティストの作品についてちょこっとだけGeorge Rickey 3連発というタイトルでこのブログに書きました。

今年も6月のバーゼルと7月のパリ郊外のシャマランド、そして8月に日本へ帰国した際に東京で偶然目にしたアーティストの作品があります。
それは辻 直之さんという1972年生まれの日本人アーティスト。(日本人ということで普段は呼び捨てのアーティストの名前も「さん」付けにしてしまう私。)

naoyuki_tsuji_children-of-shadows.jpg


私にとっての辻 直之さんの作品との最初の出会いは、6月のアートバーゼルで、Art Premiereという2名の現代アーティストを一つのブースで紹介するという二人展のセクションで、ロンドンにあるCorvi Moraギャラリーから鈴木 友昌さんというこれまた日本人のアーティストと共に展示されていたものでした。

仕事中にちょこっと抜け出して、私が前から好きなCorvi Moraギャラリーのブースへたどり着き、「やっぱりええもん出してきはったなー。」と感心していたら、なんとなんと二人とも日本人のアーティストさんではないですか!いまから思えば彼ら二人が日本人であるということが、作品からまあ納得できるような気がしますが、パッと見た目にはよくありがちな「マンガ」的なタッチも日本っぽいモチーフも全くなく、なんのア プリオリもなく見たときに自分が「好きだなー。」と思えた作品が日本人のアーティストのものだと知り、なんだか妙な興奮状態に陥ったというか、嬉しくて仕方ないというか、(勝手に)鼻が高くなっていました。
と、こんな風に書いていますが、そのときの私は一応仕事中。辻さんのヴィデオ作品を最初から最後までじっくり見る暇もなく、心残りのするまま、仕事に戻ったのでした。
たしか「影の子供」が上映されていたと思うのですが、何しろ初めて辻さんの作品をみたわけですから、「わー、いーなー。」と思うことしかとりえあずできず、タイトルを確かめたりもしなかったし、1本だけの上映なのか、他の作品も上映されていたのかもわかりません。大体あれが「影の子供たち」やったというのもかなり適当です。ほんまは全く違うかもしれません。他のときに見た作品の記憶と混ざり合ってる可能性大なので、信用なりません。


再会は、夏休み前のフランスで、パリから電車で一時間ほど行った郊外にあるシャマランドというお城で開催されていたLegende展にて。お城のエントランスで展覧会に関するかるい説明と共に、冊子を渡されました。「ふむふむ、誰の作品が展示されてるのかなー。」とアーティストリストに目を通すと、また鈴木 友昌と辻 直之のお二人の名前を発見!同行者(ちなみに配偶者)に「この展覧会でどうしても見てほしい作品が二つある!ほんまにすごいから!」とわくわくしながら言ったのを覚えています。
展覧会が進むにつれて、私の前である作品に釘付けになってる同行者を発見。「カナ、すごくいいよ、これ。」と言われて見ると「これやで、私がさっきいいのがあるよ、って言ってたの。日本人やで。」とまた勝手に鼻が高くなる私。「なんていう名前のアーティスト?」「Naoyuki Tsujiやで。」「アニメもすごいけど、音楽がすごくいい。誰やろ?」とまた別の視点での作品の発見がありました。ここで上映されていたのは「影の子供」。これは確かです。記憶と冊子に載ってる作品名がちゃんと一致してますから!!
この展覧会ではCorvi Moraギャラリーのお抱えアーティストさんの作品が多く展示されていて、「いーなー。」と思うのはほぼ、同ギャラリーからの作品。同行者も気に入ってくれたらしく、「このギャラリーに行くためにロンドンへ行こうか。」とまで言ってました。


そして三度目は東京国立近代美術館で2008年8月26日から10月13日まで開催されている「エモーショナル ドローイング」展にて。誰の作品があるのか知らずに行ったら、また出会いました!それも大画面!「影の子供」と「エンゼル」が別々の空間で上映されていました。三度目にしてやっと、ゆっくり座って時間を気にせず辻 直之さんの作品をふたつも観賞することができました。まあそのおかげで展覧会の他の作品をゆっくり見る時間がなくなってしまい、そのうえこれまた偶然にも私の働くギャラリーのアーティストさんの作品が展示されていたうえ、彼自身がアーティスト トークをしている最中だったのに、挨拶もできないまま美術館を後にするはめになってしまいましたけど、、、。


この三度の出会いで、まあ何度も同じ作品「影の子供」を時間を気にしながらみたわけですが、興味深かったのはそれぞれの場所で展示の仕方が違ったことでした。
私が接するアーティストのヴィデオ作品といえば、作品上映のための条件がきっちりあって、画面のフォーマットもきっちりと決まっているので、それ以外の方法での上映はよっぽどのことがない限りしないわけです。

しかし辻直之さんの作品は同じものでも、アートバーゼルでは中ぐらいの画面で白い壁に映写させてありました。まあこれはアートフェアのブースの大きさは決まっていますし、しょうがなかったのかもしれません。ヴィデオ作品だけれど、座れるイスというかベンチのようなものもなかったと記憶しています。

次のシャマランドではテレビの画面での上映。これは白黒の格子模様の床の展示室で、テレビ画面の左横には黄色のお城の作品、そして右横には積み木のような作品が展示されており、どれもちょうど小学校中学年くらいまでの子供目線なのです。いくら背が低い私といえども、上から見下ろすような子供の遊び場のような空間作りがされていました。
DSCN1161.jpg DSCN1157.jpg DSCN1160.jpg
こんな感じ。言いたいことわかりますかね?
子供たちがじーっと画面に見入っていました。

そして東京では大きな壁一面を使っての大画面での上映でした。
部屋の反対側にはなんだか座り心地の悪いようなクッションのようなものが置いてあり、観客はそこに座って少し首を上に向けて観賞するのです。

ご自身のブログでも「アーティスト」ではなく、「アニメ作家」と表記されているので、もしかしたら上映方法や条件については大して問題にされてないのかもしれません。


白い紙の上に木炭を用い、究極にまで引き算された数少ない線で人物や風景が描かれているのですが、この木炭画をアニメーションとして動きを出すために、辻さんは線を描き、消し、そして別の線を同じ紙の上に描いていくようです。消された線は完璧に消えてしまうわけではなく、紙の上に残るのでどんどん描かれては消されていくムーブメントの跡が、目に見えるものであるのに、まるで記憶の残像のように存在し続けるのです。
主題は重く、社会批判や教育的示唆を含むものですが、ヨーロッパの昔からのおとぎ話がそうであるように、その絵と語り方によって物悲し気に流れていきます。

私が出会った三回で、これはやはりキュレーターの腕なのでしょうか。シャマランドでの、お城と積み木の間に挟まれて、子供の目の高さに設置されたテレビの画面での上映といい、東京での座っていられるんだけれど、なんだか座り心地の悪いクッションの上で子供の頃のように首を傾けて一心に見上げる状況といい、まさに作品の的を得てる見せ方に感心した、出会いでもありました。


次はいつ会えるんでしょう。早く新しい作品に出会いたいです。
ヴィデオも購入できるようですが、なんだか辻さんの作品は家で見てはいけないような気がします。
東京国立近代美術館に行くことができる人は急いでください!!

久しぶりのクリックお願いします!


にほんブログ村 美術ブログへ

09/16 07:57 | 未分類 | CM:4 | TB:0
2008年7月備忘録
DSCN1318.jpg

もう2ヶ月も前のことなので、失念している展覧会などがあるかもしれませんが一応載せておきます。展覧会の中では、作品としてよいものはあったけれど、「展覧会」という全体として見た場合、「これは良かった!」というものが見当たりません。もちろんパリ市立近代美術館のブリジット ライリーは素晴らしいです。しかしちゃんと一点一点見ていると、目がまわって気持ち悪くなるので、歩きながらさーっと見ないと吐きます。あとMaison Rougeはいつも面白いものが見れる場所だと個人的に思っているので、そういう点で今回も満足しました。Le Plateauのお金とアートの展覧会は評判が非常に良いにも関わらず、私はこのアートセンターと多分趣味が合わないのか、ただ私の頭脳が理解できないだけなのか、いつも通りの不完全燃焼な気持ちが残りました。パレ ド トーキョーもマーク オリヴィエ ワーラーがディレクターになってから、ひとつも好きな展覧会に出会えてません。常に白黒の展覧会やし。あれなんでやろ?カルティエ財団でのセザールはまあおっぱいとか指とか液体とか車つぶしたやつとかのでっかいのがそこら中にあります。うーん、建築家のジャン ヌーベル企画なんですが、どうなん?彼はよく美術館とかギャラリーとか設計したり、展覧会の設営したりしてるけど、いいと思ったことがないのは私だけ??マイヨール美術館の中国現代美術展にちょっと残念な気分だったのですが、東京の新国立美術館での中国現代美術展が素晴らしかったので、とても嬉しかったです。私のお気に入りブールデル美術館のアラン セシャス展は見に行って損した気分になりました。まあ無料だったのでいいですが。美術館に住んでる猫にも会えたし。あとシャマランドは場所がいいので、展覧会は普通でしたが、良しとします。
ギャラリーではジュール ド バランクールがいまいちでしたが、フレッド サンドバックは相変わらずすばらしく、そしてヤズィド ウラブが良かったかな。

と、何故かいちいちコメントを書いてしまいました。
もう1ヶ月以上もブログを書いていなかったので、書き方忘れてしまいそうです。
こんなに書いてなかったのはこのブログ始まって以来。やばいやばい。
日本での備忘録もアップしまーす!

ではリストのほうも興味のある方は、是非。
09/15 00:04 | 備忘録 | CM:0 | TB:0
template design by takamu
Copyright © 2006 takamu All Rights Reserved
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。