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ビートたけしきたのがカルティエ財団らしい。
へーーーー。
2010年3月11日から6月21日までパリのカルティエ財団にて個展。
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09/24 21:27 | 未分類 | CM:6 | TB:0
Humberto & Fernando Campana 「Garrafa」 @ la Marechalerie
昨年のジェフ クーンズに続いて開催されているヴェルサイユ宮殿での現代アーティストの個展、Veilhan@Versailles/ヴェイヤン@ヴェルサイユを見に行った帰り、ヴェルサイユ建築学校の中にあるアートセンターに立ち寄った。
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わざわざ立ち寄るというよりも、宮殿から駅までの道の途中にあるので、まるで通り抜ける感じ。
la Marechalerieと呼ばれるこの小さな小さなアートセンターは、結構有名な現代アーティストを招待して、ヴェルサイユ建築学校の学生たちと共にひとつのプロジェクトを実現してもらうという企画展示を毎回行っている。去年クーンズ展期間中に見ることができた川俣正のここでの展示が非常に評判がよく、私も見に行きたくて仕方なかったのだけれど、このアートセンターは日曜日がお休み。そのうえ期間中にはどうしてもヴェルサイユに行く時間が取れなかった私は、泣く泣くこの展示を見逃したのだった。

今年は日本からやってきた友人を連れてヴェルサイユに行き、私はヴェイヤン展を彼らは宮殿を堪能し、偶然「Journee du Patrimoine/遺産デイ」でla Marechalerieが日曜日でも開いていたので、初めてこのアートセンターに入ることができた。
9月19日から12月5日まで開催のHumberto & Fernando Campanaというブラジル人デザイナー二人組の「Garrafa」展。
「ア、行ってみたいな」と前から思っていたのはサイトのこのデッサンを見たから。
visuel campana

展示室の中はまるで水の中を泳いでいるみたい。ペットボトルをスライスした無数の青と緑のプラスチックが天井から壁から組み合わされて、オーガニックな形でビジターの目の前に出てきたり、洞穴のような空間を造ったり。わー!と普通に楽しい。こういうのって、ちょっと間違ったらめちゃくちゃダサイ展示になりかねないのに、そこはやはりデザイナーであるHumberto & Fernando Campana の腕の見せ所なのか。チープなペットボトルという材料を利用して、建築学校一年生170人といういかにもまとまりのなさそうな団体と共に完成させた、と考えるとすごくかっこいい展示だと思う。
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私はデザイナーには詳しくないので、Humberto & Fernando Campanaをグーグルで検索してみた。「あーー、知ってる知ってる。あのぬいぐるみはりつけた椅子の人たちな。」
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la Marechalerieはなんといっても無料だし、そんなに大きくない展示室を利用してのインスタレーションを見せる展示が多いので、気軽に気楽にアートを楽しめるおすすめのスポット。ヴェルサイユ宮殿に添えて、どうぞ。


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09/24 20:29 | 展覧会 | CM:0 | TB:0
Ugo Rondinone 「How does it feel?」@ 104
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パリ19区に昨年完成した「アートセンター」である104が嫌いだ。「アートセンター」と鍵括弧をつけたのは、104がそう自称しているだけで、私は認めていないからだ。だからよっぽどのことがないと104には近づかないようにしている。などと言っても、舞台公演を見に行ったり、知り合いの展示を見に行ったりで、数回足を運んだことがある。そんなきちんとした目的がない場合はここに行くのはおすすめしない。なぜなら元葬儀場を大金をつぎこんで改修して大々的に宣伝費を投入し、「「アート」を大衆のものにする」という偽善ぶったスローガンを掲げているだけど、中身は何もないただの商業施設だから。「パリ市が運営するちょっとおしゃれな貸し会場」これが104の本当の姿。中身がないと書くのは、そのコンセプトの中身がすっからかんであることと、広大な会場自体も中に入ればすっからかんであるから。今日のプログラムを知ってから行かないと、104に行ってしまえば大層な備え付けの案内版がそこらじゅうに掲げてあるだけで、白紙のまま。私が104のことを話しだすと一人で白熱して「また始まった。カナの104嫌い。」とみんなに苦笑されるので、このへんでやめておく。とにかく住民を馬鹿にしている施設。

今回104に行ったのは、Ugo Rondinone(1964年スイス生まれ)の作品展示(2009年9月17日から11月15日まで)のヴェルニサージュがあったからだ。
数日前にヴェルニサージュによく一緒に行く友達にお願いのメールを書いた。
「ウゴ ロンディノーネのヴェルニサージュが104である。多分ヴェルニサージュのときに誰かと無理矢理行かないと、104嫌いも手伝って、私はこの展示を見逃すと思う。それはそれできっと「見に行かないと」から「見に行かなかった」へと移行しながらも罪の意識をずっと持ってしまうと思う。だから一緒に行ってください。」

ちなみにその友達も「私もこれ無理矢理行かないとほったらかしてしまうだろうから、行こう。」と言ってくれた。」彼女は私ほど104批判を表立ってしないけれど、私よりもっと104に行った回数が少ない。家から歩いて行けるところに住んでいるのに。

彼女と待ち合わせをして104にたどり着く。「今日の催し」と書かれた表玄関の案内板は、やはり何も書かれていない。フランス政府からの受注作品であり、世界的に有名なアーティストであるウゴ ロンディノーネのヴェルニサージュであり、今年で38回目を迎えるFestival d'Automneというパリの代表的な秋のアートフェスティバルの目玉イベントであるにもかかわらず、白紙。苦笑とため息を交えて「また白紙、、、」とつぶやく私たち。とりあえず奥に進んで行くと知り合いが何人かいた。その横には巨大なグレイの箱。
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「あ、これ?」「うん、これ。」「こんだけ?」「うん、こんだけ。」という会話をみんなとしながら、グレイのレンガのような壁の四方をぐるりと回った。そうしていると、壁の一辺が開き、人が入って行くのが見えたので、一緒に入ってみる。

煌々とネオンが光るグレイの空洞に入ると、「How you feeling?」という声が聞こえてきた。
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誰でもあって誰でもない男女の会話。「How you feeling?」という質問にどう答えていいのかわからないとまどい、とまどいから生まれるいらだち、平静さを取り戻したと思たら自己嫌悪に陥ったり、そこから懺悔の言葉が出てきたり。二人の会話は四方八方から聞こえてくるので、それはまるでテレパシーで私たちの頭のなかに響いてくる。こんなふうに耳を澄ませて聞いてはいけないのかもしれない、と盗み聞きをしているような気分を増長させる私的な会話。
会話に「終わり」というものが存在するとしたとしても、結局最後までこの男女がどう感じているのかわからない。それが妙にリアルで、「いつも黒か白とは限らない。」という二人の言葉が響く全面灰色のこのインスタレーションから再び出てきたときに、たまたままだ手に持っていた招待状に大きくプリントされた「How does it feel?」を見つめた。作品に接する前から、ここに来る前から、聞かれてた。


この作品に関するインタビューの最後の最後に、ウゴ ロンディノーネが言った。
「アートは感じるものだから。考えるものじゃない。」


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ロンディノーネのカタログではこれが好き!

09/24 01:49 | 展覧会 | CM:3 | TB:0
2009年8月備忘録 + 堂島ビエンナーレについてちらり。
とうとう夏の休暇が終わってしまいました。またいつもどおりの彩りの変わらない一年が始まりました。

休暇中の一ヶ月は日本に帰っていました。ずーーっと京都にいたし、九州周遊したり高野山行ったりしたけれど、現代アートとはかけ離れた生活をしておりました。仏像を見て「これは不動明王!」とかちょっと言えるようになりました。ここに書けるようなものは何も見ていません。そんな生活が気持ちよかったけれど、日本滞在もあと2、3日という日に朝から大阪に行って、アート大阪というアートフェアと堂島ビエンナーレとやなぎみわの展覧会を見に行こうと予定していましたが、結局だらだらしてしまってもう何も見なくていいやー、このまま家でだらだら、、、と思いかけたんやけれど、急に「やっぱり堂島ビエンナーレだけでも見に行こ!」となり、その後の予定もあったので一時間もないくらいの駆け足の鑑賞でしたが、終わったあと「やっぱ気持ちいーなー、現代アート観るの。」と清々しい気持ちになりました。ま、その清々しさは「やばい、最近何も見てない。」という罪悪感の反対の感情とも言えるけれど。

でもほんまに堂島ビエンナーレはなかなか面白かった。
私は展覧会に行く時、最初にスポンサーチェックをしてしまう、いやらしい性格の持ち主ですが、このビエンナーレに協賛してる企業が多くて驚きました。まあでも数が多いからって全額が増えるわけでもないし、10万円くらいしか出してくれなくてもまあ、ちゃんと名前を記載しないといけないだろうから、そのへんはなんとも言えませんが。ちなみにこの堂島ビエンナーレは近年開催されたシンガポールビエンナーレを切り取ってそのまま持って来たものらしいです。で、そこで思ったのが、「そんな切り取り展覧会で、お金を出す企業は納得するんや、、、、」ということ。私の記憶に残っている堂島のスポンサーたちは、シンガポールのスポンサーとは違うし、なんかそんなんだけのためにお金出してるんやって気づいたら、なんか残念な気持ちにならないのかなあとふと思いました。私やったらいややけどなあ。それやったらもっと地元のアーティストとかいるやん!ってなると思う。
ま、そんなことはどうでもいいんですが、この展覧会が日本で開催されたのには意義がある程度あると思います。私は日本で開催される展覧会をよく見に行ける状況にはいないので、かなりの予想も入りますが、日本の展覧会って何かときれーなもんとかふんわりしたもんとか、なんかとにかくぼんやりしたもんが多い。作品の雰囲気に包まれてください的なものばっかりで、作品を見ることによってなんかめちゃくちゃ考えさせられたりすることがない。このビエンナーレについての日本のメディアの文章を読んでいるとすぐに「社会批判」とか「政治批判」とかいう言葉が出て来るけれど、全然違うと思う。これらの作品は批判してない。これらの作品は欧米ではないその周辺に生きているアーティストたちによって創作されたものだけれど、どの作品からも「東洋」と「西洋」でもいいし、「中心」と「周辺」でもいいし、そんなんはなんでもいいのやけれど、そういう二つの反対の視点を「見せてくれる」作品が多かった。それらを見て、私たちが各人の心や頭や身体の中でどう発展させていくか、世界中で何が起こっていようと朝から晩まで真面目な顔してのりピーのことしゃべってるだけの国で、どう思うかってことをほんの少しでも頭によぎらせてくれるタイプの展覧会。そういうの日本であまり見れない気がするのは私だけでしょうか。
気になることや書きたいことはいっぱいあるけれど、ちょっとつっこみたいところといえば、会場の照明がやりすぎやったというところ。あまりに素晴らしいスポットライトのあてかたで、全体は深海の底に沈んでいるような気分になる暗い照明。だから各作品がかなりドラマチックに見える、という効果がでていたように思います。特に写真作品とかは普通の壁で見るより3割増くらいになっていると思うので、そこ注意して引き算して見てました。
比較的会場は狭いですが、ひとつひとつの作品たちときっちり対峙できるセノグラフィーになっているので、かなりの充実感がある展覧会。これで入場料1000円は良心的だと思います。

っていまサイト見たらもう終わってるやん!!


あと京都のギャラリーめっちゃちょっとだけ行きました。どこも初体験だらけで面白かった。
一緒に行ってくれた森川君、ミシシッピーありがとう!
「とみおこやまギャラリー」をいつも「こみおとやまギャラリー」と言ってしまっているけれど、それがフランス人であろうと日本人であろうと誰にも気づかれずにいます。そういう風にちゃんと言えない言葉がいくつかあります。


なんもないけど、興味のある方はリストもどうぞ。
09/09 20:53 | 備忘録 | CM:2 | TB:0
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