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束芋@カルティエ財団


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Fondation Cartier:カルティエ財団で2006年10月27日から2007年2月4日まで開催されている束芋の展覧会に行ってきました。

こちらカルティエ財団の公式サイト。
http://www.fondation.cartier.fr/flash.html

束芋とはAyako Tabataという1975年、兵庫生まれの日本人アーティストのアーティスト名。
日本ではすっかり有名になった彼女の、フランスで最初の展覧会。

これは巡回展で、日本でも原美術館で2006年6月3日から8月27日まで束芋の「ヨロヨロン」展として開催されていたようで、いちいち書かんでいいかなって思ったんですが、いろいろとインターネットで検索してみると、東京とパリとで展示作品に違いがあるようなので、やっぱり書いてみます。


ちなみに同期間でゲリー・ヒルの個展も開催されています。束芋の展示会場は地下。


ではいってみましょー!








地下に降りてみるとまず、真っ白の壁の下方に水平線状に直接描いてある「悪人」という2006年の作品。こちらは日本の新聞に連載されている同小説の挿絵を束芋が担当しているらしく、それからの引用でしょうか。人間の身体がラーメンなどの日本的食べ物、また結い鬘などの日本的要素と波のように絡み合っています。絡み合う人間の身体が裸体であることや、両足の真ん中、女性器のあたりから波しぶきが出ていたり、むいぐるみを押しつぶす手の描写なんかに、ラーメンまみれになってたりするんですが、やけに官能性を感じました。マイク・ケリー的幼児性と官能性といいますか。それはそれで短絡的すぎる感想でしょうか。


お次は「にっぽんの通勤快速」2001年の作品。
FC-Tabaimo-01G.jpg FC-Tabaimo-03G.jpg FC-Tabaimo-05G.jpg
観客は、遠近法に従って設置された左右3つずつの映像に囲まれることになります。まさに自分自身も日本の電車に乗って、ほかの乗客を眺めているような感覚になることが目的とされているんでしょう。私はかなり長い間そこに突っ立って、最後の最後にやっと、「あー!そっか!自分も電車に乗ってる気分になるようにしてあるんや!」とものすごい発見のように感じましたが、多分ほかの人はすぐにそれを感じるんだと思います。
電車に乗っている私たちを窓から覗き込む巨大な人間たち。そしてすし職人が乗客をネタにしてお寿司を握り、それを巨大な人間たちがペロリと食べていくのです。
小うるさい子供をつり革に首部分で引っ掛ける母親や、痴漢の手をどんどんもぎりとっていく女性が映し出されます。
日本の電車の構成や、チラシ広告満載の光景なんかを見て、「これは外国人受け狙いかな?」と思ってしまいました。
それ以外は特に、、、。


その奥にはHaunted Haouse。日本語の題名がわからないけれど、「幽霊屋敷」とかそんな感じだと思います。2006年の作品。
 FC-Tabaimo-02G.jpg FC-Tabaimo-04G.jpg
180度の半円形の部分で、一枚目の写真のような丸い画面が右から左、左から右へと移動します。ヘッドフォンで聞いているのはガンガンのテクノ。まるで私たちが自分のアパートの窓から望遠鏡で他人の家を覗き見しているようにできています。それらの他人の家では、家族がいつもどおり食事していたり、誰かがタバコを吸っていたり、ゴルフのスイングを練習するお父さんがいたり、ベランダで洗濯物を干すお母さんがいたり。たまにそれらの人物像が大きくなって、ゴルフのスイングをするお父さんが家をぶったたいていたり、お母さんが子供の首を洗濯竿に干していたりします。

「にっぽんの通勤快速」にしても、この「Haunted House」にしても、みんなが無表情にすごす日本ののどかな日常的風景にも、隠された裏の感情があって、それが生々しく描かれています。それが束芋の作品に関して、「グロい。」とかいう言葉を持って描写される理由なんでしょうが、私は特に「グロい。」とも思わなかったし、日本のそういう裏なのか表なのかわからないけれど、「隠された」と日本人が思い勝ちな部分をあからさまに描いたとも思いませんでした。


最後に真っ暗なテントの中に靴を脱いで入らされます。(いや、別に強制的じゃないんですけど)
これは「Midnight Sea」という2006年の作品。この作品は原美術館でも展示されていたようですが、横から覗き込む、または上から覗き込むという展示のされ方だったようですね。パリでは、テントの上方に映像が流されていて、観客は寝転んで映像を見るという形がとられていました。
FC-Tabaimo-06G.jpg
浮世絵的描写の波がザブンザブンしていて、その間を妖怪のような長い髪の毛がうねっています。



私が束芋の作品を初めて見たのは京都にあるギャラリー16の記念DVDかなんででした。そのとき、「うっわー、すごい!」って思って、今回の展覧会も楽しみにしていたんですが、すこーーーーーしだけ空振り感から逃れられません。なんでかな。


日本的要素をここまでオラオラ見せられることに拒絶反応を示してしまったんでしょうか、、、。




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12/12 04:59 | 展覧会 | CM:2 | TB:0
今日発売のアエラの「現代の肖像」は束芋でした。
僕はトップランナーというNHKの番組で観た程度で(原美術館行けばよかったなあ・・)、インスタレーションは体験したことが無いのですが、アエラでの絶賛ほどではなく、でも、なかなか面白いなあ・・関西的なギャグ風味が好きだなあ・・と、思っていました。

カルティエに限らないのでしょうが、現代日本風俗的風味があざといかも?っていう位の方が、「受ける」部分はきっとあるような気がします。作家本人の戦略とは関係なく。70年代生まれ以降の作家は、余り意識的にそこを狙っているようには見えないのですね。
尊仁さん、こんにちは。今までローマ字だったたかひとさんであってますかね?
そうじゃなかったら、はじめまして。
日本的要素というものがやけに目立ち始めた日本現代アート界ですが、それはまた日本社会も同じようなもので、着物がはやってたり、和柄がはやってたり、焼酎がはやったり、なんかそういう時代なんでしょうかね。そういうものに触れていることによって現代のアーティストたちも日本要素を見直す機会が他の時代の人たちよりも多いのは確かですね。だから当たり前の傾向といえばそうなのかもしれない。
日本的要素がどうこうよりも、興味深くて美しいものを作っていたらそれでいいんですけどね。私個人的には。
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