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Thomas Hirschhorn 「Concretion Re」


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今回はGalerie Chantal Crouselで2007年2月3日から3月10日まで開催されているThomas Hirschhornの「Concretion Re」展のレポート。

Thomas Hirschhornは1957年生まれでパリ在住のスイス人アーティスト。彼は政治批判、社会批判を前面に押し出し、一見無秩序で混沌とした巨大インスタレーション作品で知られています。ガムテープやダンボール、哲学、社会学、心理学、政治学の本や、彼の思想を書きなぐった紙などの日常生活に根ざした素材を利用して、インスタレーション会場を多い尽くす、まさに支配してしまうとも言えるような作品を発表しています。

私は個人的に彼の作品が好きだというわけではありませんが、彼のエネルギッシュなインスタレーションたちは、私自身の思想や思考展開まで支配されるような気分にさせます。毎日ぬくぬくと生きている自分を後ろめたい気持ちにしたり、そんな「作品」という形によって目前に突きつけられた現実から逃げたいのに、会場中が作品で覆われているので逃げ場がなく、外の空気をちょっと吸うことも不可能にされた自分の、内面とも直面する機会を好むと好まざるとにかかわらず与えてきます。好き嫌いの問題は横に置いておいて、こういった彼の作品は本当に「すごい」と思えるものであることは否めません。
もちろん、そんな「すごい」インスタレーションもあれば、「あ、今回ちょっと手抜いた?」って思ってしまうようなインスタレーションもありますよ。いくら社会的評価の高いアーティストでも、毎回毎回全力疾走はしてられないもんね。

しかし、この展覧会を見ているとき、私は冷や汗でまくり鳥肌たちまくりで、ギャラリーを後にして、いつもの道を歩いているときも寒気がとまりませんでした。それぐらい「すごい」ものでした。






血とか見るの苦手な人は写真を大きくしないでください。

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まず会場に足を踏み入れると、いつも通り、ガムテープでギャラリーの壁も床も覆われています。話題を呼んでいる展覧会なので、もちろんビジターもいつもの2倍ほどいるんじゃないかしらんと思うほど、そのうえギャラリーの壁や床を覆いつくしているのがガムテープだとすれば、今回の展覧会の主役とも言えるマネキンや写真たちが空間を支配しきっていて、私たちビジターのすれ違う隙間もないほどです。それらの要素が集まって、ギャラリー内のにおいや熱気は、心地よいものであるといえず、その時点でもう既にThomas Hischhornの世界。

マネキンには数え切れないボルトが打ち込まれていたり、ガムテープで作られた異様な形の物体がくっつけられていたり、マネキン同士の体が太い木の棒で結び付けられたりしています。それらのマネキンが、ギャラリーに入ってきてまず眼に入るもので、ビジターはまず無邪気に、「いやー、いたそー!」と思うでしょう。しかし歩を進めて、それぞれのマネキンに近づいていくと、それらの身体の周辺は、マネキンたちと同様の身体を持つ人間の写真で覆われているのです。
戦争によって重傷を負った人々、開いた腹部からはみ出た内臓、体からちぎれている手足、戦争化学兵器によって変異した身体、、、
これらの写真は、各部位がアップで撮影されているものが多いので、パッと見には、赤黒い物体に肌色の物体がくっついていたり、肌色の何かよくわからない不思議な物体であったりします。「なんやろ、これ?」とじーっと見ていると、「あ、変形した赤ちゃんの足?」「半分もぎ取られて内部が見えてる顔?」などと判別できるわけです。

このような写真と彫刻(マネキン)に周囲をふさがれていても、写真のあまりにも多い、空間をすべて支配するような数のせいで、逆に一つ一つが眼に飛び込んでくるわけではありません。それらを凝視せずに、このインスタレーションを構成する要素の表面を、視線を流しながら観ることができる、言い様によっては、これらすべての現実のひとつひとつを見ないようにギャラリーを出ていくという手段も私たちビジターに与えられているのではないでしょうか。まさに私たちの生きる現実の世界と同じです。

普段の日常生活で、メディアやインターネットなどでの情報やイメージの氾濫から、世界の不幸や恐怖を毎日目にしていると思いがちな現代に生きる私たちですが、実際にはどれだけ私たちが世界で起こっている現実から視覚的に保護されているのか、と唖然としました。

このギャラリーで働いている知り合いのアシスタントさんに「毎日ここで働いていて辛くない?」と聞くと、「あのね、人間っていやなものでなんでも慣れてしまうのよ。オープニングのときは、ずーっと鳥肌がたってたけど、もう普通に働けるようになっちゃった。」「ふ~ん、人間なんてそんなもんやね。だって私も、フランスに来た当初はテレビのニュースで映される戦争や死体の映像が日本と比べて残酷(!「残酷」ではなく、「現実」なんだ!)で驚いたけど、もう今じゃあ、普通にそんな映像の前でご飯食べたりビール飲んだりできてしまってるもんなあ。」なんて話しました。「私たち、「現実」を知らないもんやね。」って。
彼女が話してくれたことでもうひとつ心に残ったのは、私が「でもさ、「子供や精神的に弱い人は見ないでください。」っていう注意書きなかったのなんで?」と聞くと、「私たちも最後までアーティストと一緒に悩んだん。いっぱい話しあって、注意書きを貼らないことにしたんよ。でもね、子供が来るでしょ。親がキチンと説明するとね、子供って、すっごく素直に受け取るん。大人のほうがずっと「ショックだわ~。」なんて驚いてるんよ。」「大人は偽善者だからねー。」っていう会話でした。

今回扱われているテーマは重すぎて、、、いやちがうな、これはただのひとつの現実でしかないんだ、と見せつけられた事実が重すぎて、評価に困るものだともいえます。
例えば、日本でも公開されたと思うんですが、ドキュメンタリー映画「ダーウィンの悪夢」を見て、そのテーマの重さ(上記のような「重さ」のこと)のせいで、「映画」として正当に評価できない、というような感覚。


3月10日までにパリに滞在する人はぜーーーーったい、見て欲しい、いや、見なくてはいけない展覧会、いや、現実です。

Galerie Chantal Crousel
10, rue Charlot
75003 Paris
T. 33 (0)1 42 77 38 87
galerie@crousel.com
火曜日から土曜日 11h~19h


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02/22 06:35 | ギャラリー | CM:5 | TB:0
すごいものが陳列されているのですね。いろいろなタイプの芸術があることに驚きです。
これが現実なんやね…
知らんことが多いねー
今日みてきました。無意識に自分の頭をコツコツと叩いていました。すんなり頭が理解できてないのだと思います。
思った以上に酷い人間の体は崩れるのだと思いました。良い言い方じゃないけど、TVゲームよりもっと酷い。それがリアルなのだとも思いました。
レポートありがとうございます。ニューヨークに三週間いて、色々観てかつささやかな買い物もしてきました。アーモリーショーでもThomas Hirschhorn 二つの画廊が展示してましたけど、あの展示のダイジェスト版みたいな ごまかし にすぎませんでした。まあ所詮アートフェア、お祭りですもんね。なんか最近ニューヨークのアート界、すべてがバッキュームされたような、華麗なるものの小奇麗無菌という雰囲気がただよい、それもさもありなん、だと自分で納得した次第です。パリはその点独自マイペースですよね。
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