一週間ほど前にミクシーに書いた日記なんですが、どちらかというとアート界底辺日記向きやったかなと思ったので、こちらにも載せてみます。
今日は、ギャラリーでの仕事のあとに、ギャラリーで、あるお抱えアーティストさんのNPO団体の年会があった。
そのアーティストさんっていうのは、ギャラリーのお抱えのなかでも唯一亡くなっている方。そんなわけで仕事はほぼ彼の未亡人と、ということになる。
その未亡人はやたらと細かいというか、ものすごくそれぞれの作品を大切にしている人。だから当然、ギャラリーのみんなから煙たがられている。私は、みんなが嫌がる仕事だからか、彼女とそれなりにうまくやっているからか、そのアーティスト関係の仕事を振られることが多い。彼女がうるさいのは、私にとっては当たり前といえば当たり前。だってそれは彼女の彼と過ごした人生でもあり、それは彼女の人生でもあるわけだから。でもギャラリーの同僚のなかには、「そんなんしたってヤツのダンナが生き返るわけでもなんでもないけどな!」とかちょっとひどいことを言う人もいる。
去年くらいにできたその団体の会。まあ、いわゆるフランスでのNPO団体の年会に関する法にしたがって、いくらのお金が入って、現在どういう人が中心になって彼の作品研究や普及をしているか、などの紹介があって、まあいつもどおり、シャンパンで乾杯。
私はその未亡人と、彼女の家で働くことがここ最近多くあった。ときには、ギャラリーにいれば考えられないようなほど遅くまで残ったり、言い争いのケンカをしたり、彼女の前で泣いてしまってそのまま泣きながらギャラリーまで帰ってきたりしたこともあった。そんな私を見て、同僚たちはほんまに彼女が嫌いになった。
でもそれでも私は彼女を嫌いになれない。彼女の悪口を言えない。
仕事の内容といえば、ギャラリーでのあとからあとからかかってくる電話に答えたり、メールに答えたり、展覧会のオーガニゼーションをしたり、そういうのとはまた少し違った、まさに「美術史」の一部に関係していると感じるような仕事。
今日の会には、本当に「豪華!」といえるような、ポンピドゥーセンターのディレクターやら、フランスで署名な美術批評家たちやら、フランスでありえへんくらいお金持ちのコレクターたちやらのオンパレード。
そしてみんなが彼の作品を愛していて信じていた。
そんな面々が少しずつ帰っていくころ、その未亡人が「カナ、本当にありがとう。私がひどいことを言ったりしたの、本当にごめんね。」と今までにも何度も聞いたことを、少し酔っているのか、繰り返して、何度も私を抱きしめてくれた。
彼女は、「彼はね、とても素敵な人だった。そして彼はすばらしい作品をたくさん残してくれた。そして彼がなくなってから15年ほどたつけれど、みんながまた彼の作品を通して集まった。私は一人じゃないのね。」と涙を浮かべていた。
私は本当にたいしたことをしてないけれど、まだ「誰か」になれてない人間やけど、そういうのここに来た誰よりも感じてわかってます。と言いたかった。でも言えたのは、「これは始まりでしかないんですよ!これからやることは山積みですから!彼の作品を愛する次の世代はどんどん育ってますよ!」としか言えなかった。
歴史というものは「美術史」であろうとなんであろうと、同世代が生きている間に残すことがベストであると思ってる。だから彼女がそのアーティストと、感じたことや生きたことも少しでも残していかないといけないと思う。こんなことを言うとまるで「彼女が死ぬ前に」なんて思っているようですごくひどいかもしれないけれど(ちなみに彼女はまだまだ若いです。まだまだ死にません。)、それは彼女自身が一番感じていることやと思う。
歴史ってすべてもう終わってしまったことのまとめのようで、普段私が働いている世界はアートが商品として成り立っている世界で、どちらにしても、そんな生きている人間特有の、感情のない、まあ言わば人間味のない世界で働いているような気がよくするけれど、彼女が誰もいないギャラリーの地下で私にだけみせてくれたその涙はいろんな感情にあふれていて、素敵やった。
でも涙がうるうるっとなった瞬間、「どこそこのなんちゃらコレクターは、、、」って言ったら彼女はすぐに「あ、そのこと○○(私のボス)と話すの忘れてた!ちょっと行ってくるわ!」って涙を拭いてみんなのもとに戻っていった。
私も彼女の前で泣いたし、彼女も私の前で泣いた。これでおあいこや。
これからもいっぱい口げんかするんやろうな。
彼女はエルメスで何十年もプレスとして働いていた人で、そんな彼女でも、私がこれからどうあがいたとしても、勝てないものを世の中のクリエーターと呼ばれる何かを創造する人は持っていると思う。自分のあとに残っている何か。
そういうのを作品だけ見て「アートはやっぱりやめられない!」とも思うし、彼らの残していった作品以外の何かを見て「アートはやっぱりやめられない!」とも思う。それが本当の意味でのカリスマだと思う。
そんな彼の作品はポンピドゥーセンターの常設展で見れますよ。
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kanaさん、久しぶり!
なんだか読んでいるこっちまでじんとくるエピソード。やっぱりkanaさんのブログ面白い!アート熱がかきたてられる!
私も学校やらスタージュやらなにやら忙しくなってきましたよ。でもふらっとリヨンに行ってfete des lumieres見てきたりもしてるけど。
いろいろ話したいなー。
2007/12/12 08:02 | masako [ 編集 ]
お疲れ様です。
ご無沙汰しています。
記事を拝見していて、思わず自分の仕事と重ね合わせて読んでしまいました。嫌いになれない人って確かにいます…!事細かに言ってくる未亡人のような方もホンマにいます(笑)こういう出来事があるから、「アートはやっぱりやめられない!」ですね。
これからもかなさん、お仕事頑張ってくださいね。
2007/12/12 14:41 | Mano [ 編集 ]
masakoちゃん、ひさしぶり!
最近どうしてるのかな〜と思ってたとこよ。
あそぼーよー!っていうか呑みに行こうよー!
私は予定通り22日から26日までリヨン。
ビエンナーレを楽しんでくるよ!
スタージュどこでしてるの??暇なときいつでも連絡ちょうだいねー。
Manoさん、こんにちは〜。
「お疲れ様です」っていうタイトルがめっちゃ仕事の連絡っぽくてわらけましたよ!
最近は彼女との付き合い方がよくわかってきて、彼女も私が譲れない部分とかわかってきて、ケンカも少なくなってきましたよ。そんなわけで明日も一日中彼女の家に缶詰でございます。はー。他の仕事が進まない、、、。
2007/12/14 07:23 | kana [ 編集 ]
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