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ぬるま湯の中にいても時々心が躍ります。
インターンシップの研修生だったときも合わせて、私が今のギャラリーで働いてからもう3、4年になります。このブログを始めた頃や、そのもっと前の研修生だったときの、毎日感じてた一瞬一瞬の感動やうれしさはどこへやら、もうはずかしげもなく「私は今、ぬるま湯につかってます。」と公言するようになってしまいました。

そんなことを言ったら、2、3年ごとに転職をするような人がうじゃうじゃいるフランスなので、みんな「kanaも転職するの?」と聞いて来る。
いやー、違うな、わかってないな、本当の日本語の「ぬるま湯」の意味を。
別に今の職場がどうとか、仕事がどうとか、同僚がどうとか、そういう問題じゃないのです。
そんなのはどこに行っても一緒だろうなあと思うのです。仕事はどの仕事でもそうでしょうがルーチンなことが多いし、同僚の性格を把握しすぎて、「この状況では次にあの人がこう言うな。」なんて全て読めてしまう。なんの驚きも新鮮さもない。
だからといって、「おーし!ステップアップ!」と意気込んだところで結局は雇われ人ですからねー。
と、勝手に自分で自分の意欲をなくさせたり。
とまあ、大したモチベーションもなく、感情の揺れも「なんでいっつもみんな同じこと言うんやろう!」というイライラくらいしかないような状態で、仕事をソツなくこなしています。

なんでこんなくらいの仕事で、このお給料がもらえて(決して高くないが、ちょっとずつどんどんあがる)、ありがたがられたりするんだろうか?と思う。

もう子供じゃないんやから、誰かにどんどん背中を押してもらうのを待ってたらあかんのや、ということは百も承知してるんやけど、私は「やばい、今の私でこれはできひんかもしれん」と思うレベルのものを誰かから頼まれて、「やばいやばい。ちょっとここはがんばらなやばいことになる。」と焦ったりすることがないと自分のレベルアップがはかれない人間なのです。自分で自分をあげられないっていうのは、これから一生私のハンディキャップになっていくだろうと確信しているので(そこまでわかってるのに!)このへんでこれを自分の中から取り出して、地面に叩き付けて両足で思いっきり踏んづけてやりたいです。
そうや。もうすぐ誕生日なので、これを実行してみます。
ま、毎年、というか毎週くらいの勢いでこれを実行しようとしてるのに、なかなかできない。禁煙やダイエットみたいなもんです。
これが実行できても、多分その対象はギャラリーでのOL仕事ではないと思いますが、まあいいや。

とまあ、ミクシーに書くような日記の出だしになってしまったのは目をつぶってください。こんなことが書きたかったのではない!


そんな仕事中の時間でも、私の心が最初の頃のように躍るときもあるのです。

私のギャラリーでの仕事は本当に多種多様で、「ギャラリーで何やってるの?」と聞かれたらいつも答えに困ってしまいます。
そんな仕事のひとつに、美術館への作品購入提案があります。基本的には美術館の学芸員たちが「次のコミッションで○○というアーティストの作品購入を提案したいんだけど、、、」とギャラリーなりオーナーなりに連絡を取ってくるので、私たちはアーティストと相談しながら、ギャラリーの倉庫やらアーティストのアトリエやらにある作品の資料を作成して提出します。そこから学芸員が選んで値段の交渉も行って、次回のコミッションにかけるために、それらの作品はリザーブされるのです。FNAC(国立現代美術基金)やAmis de MNAM(国立近代美術館(ポンピドゥーセンター)友の会)などの結構オープンなものでない場合、いくらコミッションがあるといっても、価格がきっちり決められてリザーブされた時点でまあ、購入は決定したようなものです。

フランス国内、特にパリの美術館のキュレーターたちはよくギャラリーに来るし、ポンピドゥーセンターなんかはギャラリーのすぐ近くなので、「例の作品見れますよー」と電話したら、すぐに来る。

一番おもしろいのは外国のキュレーターが作品購入のためにやって来るとき。彼らは「やっぱりもっかい見せて。」ってすぐにまた見に来れないから、アポをとったときにできるだけ効率よく、自分の予算にあった、コミッションで通るに違いない作品をいかに多くチェックするか、というのが目的なんだろうと思います。

数週間前から資料を何度か作り直して、そのアポ当日に見せる作品をしぼっていく。選ばれた作品たちがギャラリー地下の倉庫にあるとは限らないから、その日のために運送の手配して、、、となるわけです。プライマリーマーケットであるギャラリーお抱えアーティストさんたちの作品なら、まあそこまでわくわくしないけれど、私の場合、これがセコンダリーマーケットの作品だと一人で勝手にテンションがあがる。セコンダリーの場合はもう美術史の一部になっているようなアーティストの作品が多いから、それぞれの作品が制作されてから今まで歩んできた歴史とか、その作品が美術史上、またはそのアーティストのキャリア上、どういう位置にあるものなのか調べたりしなきゃいけない。このブログのタイトル通り、私はアート界の底辺を支えるアシスタントでしかないので、別に私がオラオラと学芸員に説明するわけじゃないけれど、そういう過程が、学生の頃文献ばかりで本物に触れることができずにやっていたことを思い出して、ちょっと興奮する。というか普段のOL生活を少し忘れられる一瞬。作品の現在の持ち主にももちろん連絡するわけで、それがよく読んでる美術批評家だったりしたら、興奮倍増。

もちろんこのへんまででも既にいつものルーチン仕事から少し解放されてるので十分やりがいはあるんです。やっぱりルーチン仕事から抜け出すには私にはセコンダリーが一番です。

でもやっぱり一番は、キュレーターが来て作品を見せるとき。
わざわざそのために開催中の展覧会を休みにするわけにはいかないので、展覧会に大きな影響を及ぼさない程度に1、2点はずして、小さいスペースをつかって問題の作品を壁に立てかけたりして見せます。それぞれの作品の良さが出るように、私は私なりに考えて、でもできる範囲で作品を並べておきます。
私に「うわ。この人すごい。」と素直に感動に近い気持ちを持つキュレーターが何人かいます。そういう人たちは、最初に一点ずつ見て、少ししたら、さっさっさっと作品の並びをかえる。大げさなことは一切せず大げさなことは一切言わない、ただ、並びをかえるだけ。でもそれだけで、いきなりぱーーーーっと周りが明るくなって、作品それぞれに光を放たせ浮き上がらせることができる人たち。
そういう人たちがたまにいます。

そしてそういうキュレーターたちはお金をうまいこと見つけてくるし、値段交渉もこちらが思わずうなってしまうほどうまい。
なにからなにまで魔法使いみたいです。
作品を遠くから見るときも、近くで見るときも、少し手を触れるときも、「ああ、この作品にはこういう見方があったんや。」と横にいる私に発見を与えてくれます。なんだか神懸かったような。

そういうときに私は「今日あれが見れたのはこの仕事やってたおかげやなー。」とギャラリーで働き始めた最初の頃のような気持ちを取り戻すのです。



なんかすごく長くなってしまった。
他にも心躍ることを書きたかったのに、もう疲れたのでまた次回。



ぬるま湯に浸かりすぎてふやけてきた私をこれからもどうぞよろしく。


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03/19 02:47 | ワタクシゴト | CM:8 | TB:0
1年ほど前から更新を楽しみにしている者です。
はじめてコメントします。

> 自分で自分をあげられない
というの、痛いほどよくわかります!
私もつい現状に甘んじてしまう。でもずっと非常勤の仕事ばかり掛け持ちしている私からすれば、kanaさんは十分しっかり前に進めていると思います。
しかしそうじゃなくて、もっと高度なレベルに自分をもっていきたい、違いますかね?

特にアーティストは一生をかけて作品と社会と歴史に途方もない挑戦をしているので、そういう生き様を見ていると、自分のぬるま湯具合に焦らされます。

こういうのを打破するのは創造性しかないと思うんですが、どうでしょう。
すばらしいキュレーターはアーティストさながらのクリエイティビティーを備えている思います。
あと実行力かな。

がんばろう!と思える記事でした。
これからも楽しみにしています。
kanaさん、ときどきパリの様子を興味深く読ませてもらってます。

私がいつも発表させてもらってるギャラリーでは、
自分で仮置きした作品の配置や並べ方をオーナーがあっさりと変更しますが、なるほど、と自分の作品を再発見します。。
さらに、作品の高さ・間隔など、オーナーの絶妙な調整が繰り返され、ギャラリーの空気がピシッと引き締まっていくのはホント魔法のようです。

人それぞれの芸術観やオリジナリティの積み重ねなのでしょうね♪
こんにちは。 初めましてyoyoと申します。
ずいぶん以前から興味深く拝見させていただて
います。南の方の国で画家をしています。

>大げさなことは一切せず大げさなことは一切言わない、ただ、並びをかえるだけ。

かっこいいなぁと思いました。
大げさなことは一切せず、大げさなことは一切言わ
ない、ただ、ひたすら描くだけ。

そんな、画家でいようと思いました。

これからも、更新楽しみにしています。
cmさん、はじめまして。
こんな愚痴だらけの記事なのに、がんばろう!って思っていただけて光栄です。
私は周りに「kanaは大丈夫。いつも前進してるし。」と思わせるのが非常に得意な人間(わざそう思わせようとしてるわけじゃない。)なので、よく損してるなーと思います。
でもまあ周りに「私こんなこと始めてん。」と言うことによって、もうやらずにはいられない状況に自分を置くのも大切かもしれませんね。
お互いがんばりましょうね!
Yas さん、はじめまして。
ギャラリーではやっぱりギャラリストが一番よく空間を把握していますし、ビジターの流れや目の留め方も毎日そこで働いている人たちしかわからないことがたくさんありますから、私の働くギャラリーでもアーティスト話し合いながらですが、展示の最終決定権はギャラリストにあることが多いですね。アーティストは展示として見るけど、ギャラリストはいかに売れる展示かで見ることも必要なんだろうなあと思います。
これからもよろしくお願いします。
よよさん、はじめまして。
コメント、どうもありがとうございます。
ま、彼は資金集めのときや作品購入の会議のときなど、きっと大げさなことをいっぱい並べたててるんでしょうけど、このときは彼が作品と向き合って最も良い選択をしなければいけないときだったから静かだったんでしょう。じゃなかったらすごいよくしゃべるし、値段交渉もビシバシしてはりましたから。
画家でも作品について話すことは非常に重要なことだと思うので、そちらも是非がんばってください!
ではこれからもよろしくお願いします。
はじめまして。
ちょこちょこと拝見してます。
気負わない目線で、現代美術の表裏がのぞけて、たのしいです。
作品と人とのかかわりって、ほんとに複雑。
魔法使いみたいなキュレーター、わたしも会ってみたいです~。
kさん、はじめまして。
コメントどうもありがとうございます。
学芸員がみんなこうだとは限らないから、たまに会えると「うわー!」ってテンションあがります。こういう人がそのうち自分より年下とかになっていくんだろうなあとも思って焦りますが。
これからもよろしくお願いします。
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