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Monumenta/モニュメンタ 2010 Christian Boltanski/クリスチャン ボルタンスキー「Personnes」 @ Grand Palais/グラン パレ
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今年で三度目を迎えるMonumenta 2010が終了した。アンゼルム キーファー、リチャード セラに続き、グランパレの身廊を独り占めできるという栄光と恐怖を味わうチャンスを与えられたのはクリスチャン ボルタンスキー。三人目にして初のフランス人アーティストだ。

アンゼルム キーファーは彼の平面作品を展示するために、いくつかの小屋をグランパレのガラス張り天井の下に建設し、各小屋の中に入るとそこはグランパレとは関係のない空気をもつ空間となっていた。リチャード セラは彼特有の巨大彫刻で、グランパレの縦辺を利用したインスタレーションを展開し、そして今回のボルタンスキーはそれとは逆にグランパレ身廊の横辺を利用した作品を見せた。

ボルタンスキー本人も言うように、リチャード セラ以上にグランパレの空間を巧みに使うことは不可能であろう。なぜならセラはグランパレの「虚空/空白」を見せることに成功したから。自身の作品をこの空間に置くことによって、空間を創りだす建築を見せるのではなく、空間を創りだす「虚空の空間」を見せる。それはまさにリチャードセラのモニュメンタを見たときに私が受けた衝撃であり、一般ビジターには「見るものがない」と不評だった理由なのかもしれない。モニュメンタというこのイベントが創立されたときから2010年には自分の出番だと知っていたボルタンスキーだけに、この空間をどう扱うかと思考する時間は長いが、その分他の二人に持って行かれてしまう部分もある。セラのモニュメンタを見たボルタンスキーは考える。どうしようか。これ以上のものはできない。セラは作品を展示しながらも作品自体ではなく、その周りの空気と光だけの虚空を見せた。何も展示せずに虚空を見せるのはただの逃げでしかない。何かを展示しなければいけない。空間をどう使うか。そのような思考の後にたどり着いたのが、グランパレの横面を利用することだったのだろう。グランパレと言えば圧巻のガラス張り天井とそれらを支えるアールヌーボー様式の柱を思い浮かべる。そんな私たちにボルタンスキーはその敷地面積の広大さと長く太く伸びる床を思い出させる。

「Personnes」と名付けられたこのメガ展覧会は、ボルタンスキー自身が常に心がけている「ビジターは作品の「前」に立つのではない。作品の「中」に立つのだ。」という概念で言い換えるとメガインスタレーションとも呼べる。グランパレの入り口を通ると立ちはだかる古びたアルミ缶の壁、そして床いっぱいに貨物列車のワゴンを喚起させる大きさと形に敷き詰められた衣服とそれらを照らすネオンとの心臓の音で構成される作品、アルミ缶の壁と対立するように山状に積み上げられた衣服と数枚のそれらの衣服をつかみ、持ち上げ、放つクレーン、と大きく三点の作品の展示とも言えるが、全てはひとつのインスタレーションのように呼応する。

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ボルタンスキーがホロコーストに関する作品を発表してきたことをもう頭から払うことができない私などは、やはりこのアルミ缶の壁の前に立つとそれが嘆きの壁のように思えてしまう。また床に均一に隙間なく敷き詰められた衣服は、貨物列車にぎゅうぎゅうに押し込められて強制収容所へと運ばれたユダヤ人たち一人一人を思い起こさせ、世界中で行われるボルタンスキーの個展で集められた心臓の音が重なり合うとまるで列車の規則的な轟音にも聞こえて来る。
グランパレの奥に鎮座する巨大な衣服の山の頂上に降りて来るクレーンの手は、神の手を思い起こさせ、その神の手によって選ばれし衣服を見ているとシスティーナ礼拝堂に描かれたミケランジェロの皮だけになった自画像見ているような錯覚をおこさせる。さすがにこの「最後の審判」へのイメージは飛躍しすぎかと思ったが、ボルタンスキーのインタビューを見ると、彼自身も「最後の審判」に言及していた。私が持った「死」というものへの感覚はこの展覧会のタイトルである「Personnes」からもきているはずだ。Personnesとはフランス語で「人々(「人」の複数形)」という意味だが、これを発音するとPersonne/ペルソヌとなり、もちろん「人」と訳せるわけであるが、フランス語で一般的に「ペルソヌ」とだけ言うと「誰もいない」という意味になるのだ。その二重のタイトルには生も死も、存在も不存在もあるのに、なぜか「死」や「そこにいないということ」に思いが行ってしまうのは私だけだろうか。

これは今の私が思うことであるので、例えばそれが現代アートに関して、またボルタンスキーに関して一切の知識がなかった日本在住のころの10年前の私がこの展示を見たら、ホロコーストのことなんか少しも頭をよぎらなかったのかもしれない。しかしきっと目線の高さに設置されたネオンや衣服の山は私に「死」を、しかも大人数の人間の死を思い起こさせたであろう。


今回のモニュメンタは二つの顔を持つ展覧会でもあった。その二つの顔というのは昼と夜のそれだ。私も一度目は昼間に行き、そのときに「この展示を夜に見る必要がある。」と強く感じた。なぜならその目線に設置されているネオンの低さと、ボルタンスキー自身が主張した照明の排除の理由を知りたかったし、体験したかったからだ。そのことをモニュメンタに行った友人たちと話すと、皆が口を揃えて「絶対に夜に行くべき。絶対に夜のほうがいいから。」と言う。だから最終日の夜にも行ってみた。結果。私は友人全員に反対されても、「昼のほうが絶対に良い。」と主張したい。夜の展示では予想通り、ネオンだけが冷たく煌々と床を照らしていた。それがもちろん美しいわけだが、そのネオンの明かりによって、グランパレの床の奥深さが途切れてしまっていた。私が話した案内の女の子は必死になって「でもそれがこの衣服の床が無限に広がっているように見せる効果を出している。」と言っていたがそうだろうか。私には納得できない。夜の展示はまさに「美しい」、でもそれがボルタンスキーのこの作品に必要だろうか。夜の展示は私にとってただスペクタキュラーなだけだった。最初に見に行ったのが昼であったからその印象がより強く残っているのだと言われればそれまでだが、私には昼のほうがこの巨大インスタレーションの生々しさや冷たい静けさ、そしてそのなかにある強い躍動をより感じることができた。また、ボルタンスキーが、毎年春に開催されるはずのモニュメンタを敢えて寒い真冬の2月に変更させたこと、一切の暖房機器の設置を拒否したことなどを考えると、この展示の「冷たさ」は非常に重要である。天井を覆うパリの、すっきりとはしているけれど灰色の空と空気、そして一歩この空間から出れば世界中がそぞろ歩きを夢見るシャンゼリゼ通りやセーヌ河岸がすぐそこにあるのだという現実、数えきれない体を想起させる衣服たちとそこからたちのぼる匂い、ドクドクと覆いかぶさってくる誰かの心臓の音などが全て重なり合って私にめまいをおこさせた。

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ボルタンスキーの作品を語るとき、「ユダヤ」「ホロコースト」「大虐殺」「死」など以外に多く出てくるのは「記憶」というキーワードだ。この「記憶」は彼が学校をドロップアウトして家で一人でこそこそと作品なのか何なのかわからずにただ「何か」を作り集めていた頃からずっと彼にまとわりついている。ここで私がひとつ書いておきたいのは彼の作品には「記憶」だけではなく「記録」というキーワードも重要だということだ。「ポートレート」シリーズや「ルーブルの人たち」にも見られるように、「記録をする」という行為とその「記録」自体に大きな比重がかかっていると思う。それは彼が数年前から続けているビジターの心臓の音を録音するというアクト(これらの心臓のCDは全て瀬戸内海の島に埋められる。ベネッセの福武さんからの一島丸ごとプレゼント)からも明確なように、心臓=心の持ち主である一人一人の思い出という記憶ではなく、その心臓=心そのものの音をただ機械的に記録する。そこには何も足さない何も引かない。そこにはヒエラルキーもないし年齢もないし国籍もないし始まりも終わりもない。私はこのような彼の作品がすごく好きだ。それは彼のインタビューにも表れていると思う。このモニュメンタのキュレーターでもあるカトリーヌ グルニエとのインタビュー本(本当に面白いので読んでほしい。)でも、彼はグルニエの起こした文章に一切手を加えないどころか、一度も目を通さなかったということだ。またモニュメンタ開催時にフランスの新聞「La Liberation」紙の記者がインタビューのためにボルタンスキーのアトリエにやってくると、アーティストはウイスキーを一本、二人の前に置いて、「インタビューはこのウィスキーを飲みながらだ。そして今から君が言うことも僕が言うこともすべて、どんな内容でも新聞に載せる。」と宣言し、実際にそのような何枚にもわたる酔っぱらい二人のインタビュー記事が有名全国紙に掲載された。このような言動を聞けば、それらのインタビュー全てが彼の作品であるとも言える。何の手も加えないただ単に「記録」として存在するのだ。


3月終わりまでパリ郊外のMAC/VALでもボルタンスキーの個展が同時開催されている。そちらも楽しみ。


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えらく長くなってしまいましたが、おまけ。
最終日の夜にもう一度この展覧会を見に行ったわけですが、ゆっくり空間に浸りながらふと横を見るとクリスチャン ボルタンスキー本人が同じように頭をあげてクレーンの動きを見ていました。ヴェルニサージュやなんやでこのアーティストを見ることは多いのでなんのレア感もなく「最後見納めに来たはるんやな」とだけ思っていたわけですが、彼に近づく男と女。「誰やろう?コレクターとか?ジャーナリスト?」などと思いながらよく見ると、なんと女性のほうは彼の長年の恋人アネット メッサジェーでした。「おお!アネットと一緒に来てる!」と、まるで一般ビジターのように作品も前に立ってアネットにデジカメで写真を撮ってもらうボルタンスキー。なんかええなあ、普通やなあ、と思いながら夫と「ほんじゃあれは誰やろ?」「誰やろなあ。」「あれちゃうか、もうアネットやし、家族つながりでリュックちゃうか!」「リュックやったら笑けるな!!」などとテキトーなことをテキトーに言っていて、家に帰ってからネットで調べると、ほんまにボルタンスキーのお兄さんで著名な社会学者のリュック ボルタンスキーやった!ほんまに家族連れできてたんかー。素敵。
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おすすめの本がたくさん。
もちろん日本語版のインタビュー本。



左から、
ーカトリーヌ グルニエによるボルタンスキーのインタビュー本。「クリスチャン ボルタンスキーの人生」
英語版。
ーインタビューの天才、ハンス ウルリッヒ オブリストによるボルタンスキーのインタビュー本。
ー最初の一歩的マニュアル本としていつも欠かせないのはファイドンのアーティスト本。
ーフラマリオンのこのシリーズも装丁とかがいつも凝ってて好き。




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03/02 01:44 | 展覧会 | CM:1 | TB:0
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