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Christian Marclay/クリスチャン マークレー 「the Clock」
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さー、9月になったぞー!新学期だー!と、現代アート展のカレンダー調べをするために、まず最初にポンピドゥーセンターのサイトを見たら、なんとなんと週末だけクリスチャン マークレーの「the Clock」が上映されるというではないですか!それも無料で、もっちろん24時間上映で、2回まわしだから土曜の朝11時から月曜の朝11時まで。

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私はマークレーの作品が好きだけど、週末の間に結局2回しか行けなかった。土曜の晩ご飯のあとのお散歩で一回、日曜の朝に行ったプールの帰りに一回。ツイッターで「一時間待ち!」だとかボーブール(ポンピドゥーセンターのこと)の近くのカフェでブランチしてたときに横に座ってた人が「二時間待ち!」だとか言ってたけど、なんだかたまたま私が行ったときは待っても10分くらいだったかな。そんなことよりも、せっかくGalerie Sudの展示室使うんなら、全部使えばいいのに、って思ってしまった。上映用に作られたであろう部屋は多分Galerie Sudの三分の一くらいの面積しか使ってなかったから。こんなに人気で人が入るとボーブールも思ってなかったんでしょうか。

さてさて、本題。クリスチャン マークレーは1955年生まれのアメリカ人アーティスト。現代音楽的というのか、音と映像の作品で有名で、今年のベネチアビエンナーレのアーティスト部門金獅子賞を獲得した売れっ子さんです。そのうえこの「the Clock」の展示での受賞。現在開催中のヨコハマトリエンナーレでも上映されているらしいので、既に観賞済みの方も多いかもしれません。

「the Clock」という作品は、その名の通り、時間というテーマをおもいっきりド直球で真ん中に持ってきて、最後までやりきった作品。この「最後までやりきった」ってとこを私は強調したいし、評価したい。
一日を構成する24時間の毎分ごとを、20世紀を彩る映画やドラマなどの娯楽映像のなかで、時計を映すシーンや時間についての短いセリフ、時や速度を感じさせるようなシーンを切り貼りして、作品のなかにあらわれる時間が、現実に流れる時間と全く同じにしたもの。
こう書くとコンセプトも明確だし、わざわざ観に行かなくてもいいかもーなんて思ってしまう人もいるかもしれない。実際私が一番そんなことを思いがちな人間だし。でもそこはクリスチャン マークレー。コンセプトだけじゃない、観客を飽きさせずに作品を見せる妙を心得てる。
やっぱりなんといっても、編集がうまい!ドアを開けるシーンや電話越しのシーンで二つ三つの映画を交わらせるのはもちろんのこと、あるシーンで誰かがかけた号令を他の数本の映画で速度を表すシーンに続けたり、教会の鐘楼から見下げるシーンと摩天楼のビル街を見上げるシーンをつなげたり、とにかくとにかく、ひたすら私たちに、時代と場所の瞬間移動をしてるような気分をもたらしてくれる。

この24時間の作品を24時間見続ける人はただのアホか暇人だと思うけれど、これを24時間にする、そしてそれを24時間上映することの意味は絶対にある。3000本もの映画が使われているこの作品は、まるでテレビの前でチャンネル替えをしてるような、いつまでもいつまでも見てしまう映像の魅力を持っているし、マークレーの編集力がその受け身のチャンネル替えを飽きさせないものにしてる。夫が「ウチで寝る前とかに数分見たりしたいなあ。DVDとか発売したらいいのに。」なんて言ったけれど、私はそれには反対。なぜなら、「いまもマークレーの「the Clock」は上映中なんだ。」と見に行ってないときにも思うことも作品の一部だと思うから。この作品は、ただそこにあるもの、流れているものとして捉えるべきだと思う。そう、まさに時間そのもののように。それがこの作品が24時間である理由だと思う。

使われているシーンとしては、なんといっても、やっぱりアメリカ映画が多かった。
それとフランス映画も少し。フランス人のアシスタントでもいるんだろうか、マークレーのアトリエには。
in the mood for loveのトニー レオンが会社で煙草を吸いながら残業してるシーンなんかがあったけど、あれはハリウッド映画なんだろか、香港映画なんだろか、香港かな。
日本映画では小津の「東京物語」かなあ、原節子が電車の中で懐中時計の蓋をあけるシーン。原節子のしぐさが美しすぎる。ものすごい数の映画のシーンが数秒ごとに目の前に現れるのに、このシーンの力は本当にすごかった。ぴたっとなにかが変わった。
やっぱりアメリカ人アーティストが作ったってこともあるだろうけど、誘拐やら銀行強盗やら殺人やら浮気やらタイムスリップやら地球救ったりやら、アメリカ映画は時間を気にすることが多いんでしょうね。
あとなぜかソニーの目覚ましラジオが何度も何度もいろんな映画で使われてたことを発見!
私はそこまで映画マニア!というわけではないけれど、計3時間ほど見て、20本くらいは知ってる映画があったから、映画マニアの人は本当におもしろいんじゃないかなあ。「あーあれなんやったっけ!」となる。

最初に上映を観に行ったとき、「お金があればできるだろうから、芸術作品としては魅力を感じない。」という夫。うーん、ナイーブだわ。そういうとこがいつまでたっても夢見る青年風でいいんだけども。と思いながらも、私はそうは思わないので、大議論。私はお金と時間だけじゃ作品ってできないと思う。そしてさきほども書いたけれど、コンセプトに沿って最後までがっつりやり抜く。きっと鑑賞者の私たちは気にならないであろう細かな部分も、マークレーはものすごい厳しさで作品を作り上げてるのを見てて感じる。それがめちゃくちゃ気持ちいいのだ、私としては。メガギャラリーやメガ美術館やメガコレクターなんかの巨大マシンによって成り立つ作品なのは一目瞭然。でもそれでもいい!こんな作品、さいっこーにフランソワ ピノーやらヴィトン財団がほしがるドンピシャやと思う。それがわかりやすすぎて、でもどこまでも魅力的。私はアート市場のバブルぶりを嘆くよりも、なんだかそれがすごく爽快に思えるときがある。

私は京都人でいらちやから、今回のような週末だけの特別上映でこの作品を見ることができて良かったなあって思う。例えばこれが時間と疲労との闘いで回るような国際展なんかに入ってたら、私は「はいはい、コンセプトはこれね。とりあえず5分くらい見て次行こ。」となって、今回のように時代トリップしてるような気分でゆっくり「あー、これなんの映画やったかなー。」なんて楽しめることはなかったかもしれない。夜に観に行ったときはもちろん寝る前のシーンとか、どちらかというとなんだかおどろおどろしいこわーい感じのシーンが多かったけど、お昼過ぎに観に行ったときは思ったより食事のシーンが少なくて、逆に時限爆弾と格闘してるシーンなんかあったり。

しかしそれにしても一番謎なのは、著作権の問題。著作権どうなってるんだろうか。全部払ってるのかな。作品の値段が知りたいわ。

左から、ロンドンのギャラリー ホワイトキューブで「the Clock」が上映されたときのカタログ、現代アートラバーの味方ファイドン社のマークレー カタログ、そしてニューヨークのホイットニー ミュージアムでの個展カタログ。
  




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09/07 06:55 | 展覧会 | CM:1 | TB:0
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