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前回の「第4回ベルリン・ビエンナーレ2006」の第2弾。
今回はEhemalige Judische Madchenschule(私立ユダヤ人女学校)での展示について。
この学校、現在はもう使用されていませんが、1927年から28年にかけて、ベルリンのユダヤ人コミュニティーによって建設されました。ナチスがドイツで権力をふるい始める以前の、最後のユダヤ人コミュニティーによる建設プロジェクトであったそうです。
エントランスのタイル細工がとてもステキでした。
壁や天井のペンキがはがれまくっているんですが、当時、ここに通ってきていたであろう子供たちのデッサンがそこらじゅうに貼ったままになっていたり、教室の壁の下の部分がレンガ作りかと思いきや、それはただの騙し絵的な壁紙で、はがれおちてきてるところがあったり、シャワールームが少しナチスによるユダヤ人大虐殺を思い起こさせて(いかんせん、ユダヤ人学校ですから)怖かったり、建物だけでも十分感慨のあるものでした。ビエンナーレの展示作品ではなく、建物自体のそのような細部を写真におさめているビジターも多く見受けました。
ではレポートどうぞ!
なんかどこかでバタンバタンうるさいなあと思っていたら、それはPaul McCarthyのせいでした。その名も「Bang Bang Room」

写真ではよく見えませんが、ここは体育館というよりも体育室?として使用されていた部分だと思います。壁にそなえつけられた体操器械が木製でステキです。
同じ一階にはBouchetの「Berlin Dirty Room」。「汚い部屋」なんてタイトルですけど、何室かドアでつながっている(元?)教室に、ひざの高さくらいまで、土が敷き詰めてあるのです。インターネット上で拾ってきた下の画像は、きっと設置直後に撮影されたものなのか、土しか見えませんが、私が行ったときにはビエンナーレ後半だったので、土からちいちゃい草たちが顔を出していて、そんな発見がとても感慨深いものでした。そんな草たちを見て、「大」をつけてもおかしくないほど近代的な都会なのに、そこらじゅうに都市計画で植えられたわけではない樹木や緑が鬱蒼としげって街を覆い尽くすかのような環境を持つ「ベルリン」という街を否応なく連想させられました。
Paloma Varga Weiszの彫刻作品たち。
犬の坊さんバージョンなんかもあります。一瞬、石膏でできているように思える作品たちですが、よく見ると、木の彫刻の上に白いペンキが塗られていて、木のこまかーいクズなんかもわざと残されています。それがまた、彫刻に素朴な印象を一層与えてます。これらは、写真でもわかるように昔の壁紙が残る2室に展示されていましたが、その壁紙の雰囲気と非常にうまくマッチしていました。2室にわたっての展示も、ドア越しに他の彫刻たちがちらほら見えるような、非常に計算されたものでした。私たちの視線が何の苦もなく上手に線上に動いていくことのできる展示。アッパレです。
Sebastian Hammwohner/ Dani Jakob / Gabriel Vormsteinの「I cannot forward, or rewind, tis state of being, this aged resign - let the wind cacth a rainbow on fire,,,,,」
上の写真が左側で下の写真が右側です。
このインスタレーションは非常に美しいと思いました。すべてのオブジェが何気なく、しかし綿密に計算されてそれぞれの位置にいるのだというのを感じたからです。オブジェは、くるみやじゃがいもやアーティチョークなどの野菜が白くペイントされていたり、紙の束や木の枝や手の形などの彫刻でした。
はっきり言いますが、よく理解できません。頭を抱えました。でもやっぱりわかりません。しかしそんなことはどうでもいいのです。私は美しいと思ったんだから。

こちらはPravdoliub Ivanovの「Territories」。土で固められた旗たち。タイトルと示し合わせてみると、人間の歴史、そしてベルリンの歴史も皮肉にそして率直に見えてきて、ガツンときます。
Dorota Jurczakは美しいものを描くけれど、やっぱりどう考えてもちょっと病気だと思います。





ね?やばいでしょ?
Nathalie Djurbergのヴィデオ作品も非常に現代的!
ウォレスとグルミットのように、粘土で作られた人形たちをすこしづつすこしづつ動かして撮影したもの。かわいらしいのに、主題はグロテスク。でもテレビなどで報道されるニュースでは毎日のように耳にする主題であったりして、「かわいいbutグロテスク」っていう言い回しはもう古いのかしらと思います。「かわいいandグロテスク」?もしくはいっそのこと「かわいいand人間」とでも言うべきでしょうか。幼稚性は常に一種のグロテスクを抱えています。子供たちが、大人たちとまったく変わらないほど、もしくはそれ以上に非常に残酷であることができるように。
Bruce Connenの「Crossroads」。海上原爆実験の模様をヴィデオ作品にしたもの。海面では数え切れないほどの生命が失われ、これから何年も何十年も何百年もよみがえることはないのに、映像だけを見たとき、きのこ雲のむくむく盛り上がってくる姿に、「美しい」と感じてしまう自分に唖然とし、私もまたこういう恐ろしいことを繰り返す人間の1人であることを自覚します。
KWとあわせて、この学校内の展示もなかなか見ごたえアリです。
次回はこれら以外の場所での展示に関してレポートしたいと思います。
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comment
こんにちは。
Paloma Varga Weiszの彫刻作品がとても可愛く見えました。きっと実物を見たら、展示の仕方といい面白いんでしょうね。
Dorota Jurczakは・・・何かヤバそうですね。病気?(笑)
でも全体的にとても見応えのある展示作品たちですね。Kanaさんのレポートから伝わってきます。次回も期待してます!
2006/05/21 16:00 | Mano [ 編集 ]
Not Subject
Manoさん、こんにちは。
いっつもありがとうございます。○○の作品が好き!とか具体的に書いてくれはるので、とても励みになります。Paloma Varga Weiszの作品は、ぱっと見たときは、「ふ〜ん。」って思っただけだったんですが、じっとその部屋にたたずんでいると、なんともいえないチカラが作品から漂ってきて、近寄ったり、遠のいたりすると、また印象が変わって、本当に良い作品っていうのは、人間の持つオーラとかカリスマ性なんかと一緒でなにかチカラが出てきているもんなんだなって思いました。
Dorota Jurczakは、部屋に入って最初の作品は「いいやん!」って思うんやけど、奥に入り込んでいくにつれて、どんどんやばくなってきました。好きだけど。結構。
2006/05/23 04:45 | kana [ 編集 ]
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