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犯罪者の肖像画
以前に、パリのグランパレで現在開催中の「La Force de l'Art」展に展示されているYan Pei Mingのド ヴィルパン現内閣総理大臣の肖像について書きました。
http://kanaparis.blog59.fc2.com/blog-entry-39.html

Yan Pei Mingが同展覧会にもうひとつの作品を展示しているのですが、それが問題になっています。
その肖像画とは、まだ私たちの記憶に新しい、Emile LOUISという、2004年11月にYonne地方の重罪院で、1970年代後半に当時彼が送迎バスの運転手を勤めていた知的障害を持つ子供たちが通う学校の女生徒、7人の少女を強姦し殺害した罪で無期懲役を言い渡された犯罪者のものです。

被害者の家族たちで構成されているl'Association de défense des handicapés de l'Yonne (ADHY) (ヨンヌ地方障害者を守る会)は、「非常にショックを受けています。今回のことによって、他の犯罪者たちがいつか自分も肖像画に描かれたいと思うかもしれないし、彼らを有名人にしたてあげるようなことはすべきではない。また、同展覧会ではド ヴィルパン内閣総理大臣の同じサイズの肖像画が同じアーティストによって描かれている。これは挑発である。」として、この作品の展示をやめることを求めています。

これに対してYan Pei Ming本人は、「私はEmile Louisを非難しています。しかしこの白黒の肖像画は現実でもあるのです。これは私たちの社会の暴力を見せるものです。」と答えています。

またフランス文化省もYan Pei Mingを擁護する立場をとり、文化省大臣Renaud Donnedieu de Vabresも、「遺族たちの気持ちはわかります。しかし、この作品はショックなものではない。これは世の中の激昂を示すものであり、またこの展覧会は選出された15人のキュレーターが何人かのアーティストとテーマを発表する機会であり、特にこの作品は「暴力、残酷、破壊」をテーマで展示されているのです。私の役目は、法律上無視できないような行き過ぎた人種差別性を持つ作品を除いて、アーティストの自由と自主性を保証することでもあります。」としています。またフランス文化省所属の芸術作品検査官Bernard Blistèneも「Yan Pei Mingは自ら亡命や苦しみを知っているアーティストであり、誰かを傷つけようとしてこれを描いたのではない。」


私が見つけた唯一のYan Pei Mingによるエミール・ルイの肖像画です。アーティストのアトリエで、彼の背後にある作品。
ming4.jpg



なかなか難しい問題ですが、私個人の意見としては文化省大臣と同じです。

みなさんはどう考えますか?



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05/28 02:41 | 2006年の目玉 | CM:9 | TB:1
Manoです。久しぶりにKanaさんのブログ拝見しました!最近仕事が忙しかった分、何だか嬉しいです。

色々更新されていてどこから書いていいのやら(汗)迷いますが、今回のテーマの『犯罪者の肖像画』は日本ではまず見ない作品ですよね。そういう意味では大変複雑で難しい問題だと思いますが、私もKanaさんと同意見です。アートが物議をかもす、と言うと悪い意味にすぐ取られがちですが、こういう非難の仕方がある、という観点に立つと、文化省大臣が擁護するのも分かる気がします。自由と規制、本当に難しいですね。
長々と失礼しました。
これはとても興味深いケースですね。

ただのスキャンだリズムと、アートの深層とを分け隔てるものはアーティストの意思しかないと思っていましたが、正直、僕にはこの記事を読むだけでは判断根拠の設定は難しいように感じました。
肖像画という特定の価値観を喚起させるフォーマットが直接の被害者の意識を鋭く「喚起」することをアーティストがも目論んだとは思えないのですが、でもその影響は大きいですよね(もちろん有名なアーティストが描いた作品でなければこうはならないはず)。シンボルとして描くには生々しすぎた?という面も実は表裏ありますよね。じゃあ評価が安定してから描くのがいいのか?とか。
Manoさん、こんにちは。
忙しかったんですか!うらやましい!私は相変わらずヒマ人です。ははは。
Manoさんのコメントを読むまで、日本ではあまりないケースということを全く意識していませんでした。私はこのことは知ったとき、すぐに「それとこれとはやっぱりちゃうしな~。」と大臣の意見に賛成だったわけです。そうかー。日本ではそういう作品見ないですねー。ほんまやなー。なんか妙に感心してしまいました。

takahitoさん、こんにちは。
C-NETでの紹介どうもありがとうございやっす。
「シンボルとして描くには生々しすぎた?」
これはまさにそうですね。考えたんですが、例えばブッシュや毛沢東などの政治家を描くのなら毎度のことだし、ビンラディンを描くアーティストも世界に五万といるし、じゃあ日本で言えば例えば浅原彰光晃なんかはどうだろうって思ったら、私としては「問題にはならないやろうな。」って思ったんです。その違いは、人を殺すという動作を自分自身の手で行った人かそうかってことで、シンボルになるか生身の人間として扱われるかの違いになってくると思います。
ブッシュだって人を殺しまくっていて、彼をテーマにした風刺画やアートは世界中にあふれているけれど、誰もその表現に対する批判はしませんもんね。
その作家の背景や作品性や思想まで浮きぼりになり論議されることは重要なことだと思います。それがARTという装置の機能でもあるし。暴力/残酷/破壊というテーマに取り組むには作家本人もタフで本当の痛みも知ってないと表現できないことですね。
パャーニャさん、こちらこそどもー。
そうですね。まあ今回の場合、ヤン ペイ ミンがどこまで考えてこの人物を描いたのかはわかりませんが。事件の起こった地方が住んではるとこと近いからやろか?とかアホなこと考えてしまいました。なんかこんな新聞に載るまでの問題になって関係者もびっくりしてることだと思います。
戦争がなきゃ、ノーベル平和賞ってのがねーんだろうよ。わかるかい?
なんか軽くねーさん、はじめまして。
「戦争がなきゃ、ノーベル平和賞ってのがねーんだろうよ。」
??いまいちよくわからないんですけど。
犯罪があるから、それを非難する作品を作る作家がいるってことですかね?
この記事の主旨とはあんまり関係ないような気がしますけど、、、、。
はじめまして。namiと申します。私は「もし自分の身内が被害者だったらショックをうけるだろうなぁ。」と、どうしてもそちらの方が気になります。「わざわざ、それを題材にしなくても。」と言いたくなるのではないかと、、、。深く傷つく人がいることを考えてしていない。と断言できると思います。言いすぎでしょうか、、、文化省がおっしゃってる事はわかります。頭でわかっても、感情が拒否する。そんな感じです。身内でもないのに熱くなってしまいました。しかも10月の今ごろになって(汗)
今日はじめて、遠いフランスのアートが見れる、こちらを知って、ほんま嬉しいです~
namiさん、はじめまして。
そういう意見ももちろんあると思います。
それはきっと、個人の顔が見れる犯罪だから。加害者がいて被害者がいる。極端なことを言ってしまえば、戦争を芸術で表現した場合、そこに個人の顔は見えないわけで、だから芸術的批判が堂々と存在できるのかもしれません。まあ加害者と被害者の立場が非常に曖昧なものになっているわけですよね。でもヤン・ペイ・ミンのほかの作品を観て、もっとよく彼のことを知ると、彼がこの事件を何故あえて選び、犯罪者の肖像画を描いたのかもう少しわかるかもしれません。そんなことを言う私もきちんとわかってるわけではありませんが。
とにかくコメントありがとうございました。
また楽しんで読んでくださいね。
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犯罪者の肖像画 Yan Pei Mingのケース
いつも愛読している「フランスアート界底辺日記」で知った出来事なのですが、改装を終
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