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女と女の闘い
この何週間か、パリのアート界はある話題で大騒ぎです。

2,3週間前くらいに「これを読みなさい。」と渡されたある美術本のコピー。
それは、最近発売したばかりの写真家ジャン=マルク・ビュスタモント(2003年の第50回ヴェネチアビエンナーレでのフランス代表作家:Jean-Marc Bustamante )のモノグラフィー(Flammarion, la collection "La création contemporaine" (206 p., 38 €))の最後に「Discussion entre nous (ここだけの話(意訳))」というタイトルで掲載されている、ビュスタモントと、最近フランスで活躍している若手アーティスト、グザビエ・ヴェイヤン(Xavier Veilhan)、そして去年「Dionysiac」と題され話題を呼んだ展覧会のキュレーターであり、ポンピドゥー・センターの女性学芸員、クリスティン・マセル(Christine Macel)の3人の間の会話でした。


ここで彼らはビュスタモントがアーティストとしてここまで成長してきた経緯や、フランスアート界の動向などを気兼ねなく話しています。


しかーし!ひとつ気になるところが!!

ビュスタモントが、自らの作品をあるひとつのスタイルにとどめることなく発展させていくにはどのようなことに気をつけているかについて話していると、マセルがその意見をとても「男性的なもの」であると指摘します。

するとすると、ビュスタモントは、「女性アーティストは長持ちするのが難しいんだよ。彼女達は合理的で機能的なシステムを完成するほうが好むんだ。ナン・ゴールディンにしてもシンディー・シャーマンにしても、彼女達は自分のスタイルを早いうちに完成させ、そこから動かなくなるんだ。男は領土を支配する必要がある。女は領土を見つければ、そこにとどまる。女は1人の男を捜し、男は何人もの女を求める。女は自分の領土を見つけた瞬間にそこにとどまる。例えば、アニエス・マルタンやトレイシー・エミンのようにね。男は常に処女(!)の土地を探索するんだ。男はそのために多くのリスクを負う。時には嫌われたり、論争の渦中に投げ込まれたり、長い間困難な状況に見舞われたりすることも省みずにね。」


2003年に横浜美術館で開催された「ジャン=マルク・ビュスタモント回顧展」のカタログ表紙
images.jpg



日本人の私は、腹が立つよりも前に、読んでるだけでハラハラしてしまって、「こんなことをこのフェミニストなフランス社会で言い切って、だ、だいじょぶかい?」なんて思ってしまいました。

そんなわけでもう驚きもしないけれど、パリのアート界の女性たちはカンカンです。
私のハタラクギャラリーのオーナーもバリバリのキャリアウーマン。ものすごい勢いでそこらじゅうから電話がかかってきたり、メールがじゃんじゃん入ってきて、みんなの憤りっぷりが手に取るようにわかります。


小説家であり美術批評家のフィリップ・ダジェン(Philippe DAGEN)がこの会話に関する記事を「ビュスタモント、芸術と女性 (Bustamante, l’art et la femme)」というタイトルで3月13日発売のル・モンド紙(Le Monde)に載せました。

http://www.lemonde.fr/web/article/0,1-0@2-3246,36-750219,0.html


彼によると、この会話をスキャンダルにまで持ち上げたのは、フランス人女性アーティストでオリジナルな活躍をしているオルラン(Orlan)であるとのこと。

オルランはここで、彼らが言及する「女性アーティストは早いうちから自分のスタイルを見つけるが、それから自らのアートを発展させるということがない。」という意見に対して、それは幾人かの男性アーティストにも当てはまることだとし、例として、2005年の横浜ビエンナーレにも参加したダニエル・ビュラン(Daniel Buren)、ニエーレ・トローニ(Niele Toroni)、直島美術館でも鑑賞できるジェームズ・タレル(James Turrell)や、ローレンス・ウェイナー (Lawrence Weiner)を挙げている。

オルランにさんせー!

究極的に言ってしまえば、ビュスタモントにしてもヴェイヤンにしても、どうせ彼らは男だし、どこかで男性優位の考え方をしてしまうのは、もうほっておきましょう。そのうえ以前から彼らはどちらかというとそういう思考回路の持ち主であることは、アート界の誰もが承知していたことです。ここで何が問題かというと、マセルという世界的に有名なポンピドゥー・センターの女性学芸員が、前年に女性アーティストを1人も呼ばない非常に男性君主的な展覧会をキュレーションし、この会話中で「私はじゃあきっと男なんだわ。」発言をし、ビュスタモントに賛同し、そしてそれがまた発行されてしまったことにあります。

こーれーはー、イタイ。ポンピドゥー・センターとしてもイタイ。彼女が「ポンピドゥー・センターの学芸員」としてこの発言をしたということは、多かれ少なかれセンター自体の女性アーティストに対する態度と捉えられる可能性があるからです。

今回の発言によって、パリアート界の女性全員を敵に回してしまったマセル。

さあてさて、これからのマセルのキュレーションしていく展覧会が一体どういったものになっていくのか、非常に興味深いところです。


ビュスタモントはこんなおっちゃん。
v_7_ill_750098_jm-bustamante.jpg



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03/24 05:58 | アート界関連ニュース | CM:8 | TB:0
野郎2人も、しょうもないけれど。
女性キュレーターの発言も、問題ですね。

"feminism"がどうのこうのと言う以前に、この人達の基本的な歴史観というか、知性そのものが疑われるべきでしょう。
そのとおり!
「領土の支配」のとことか「処女の土地」のとことか、ひっくりかえりそうでしたよ。

これを載せた本を発行する前に誰も止めなかったのが不思議ですよ。編集者は誰か調べますね~。
それにしても、こんな歪曲した女性像の固定観念から抜け出せないでいる人が、「自分は、男だから常に発展してるんだ」みたいな発言して、さらに「君たちは、固定的なんだよね」みたいな発言しているのには、驚くというか。呆れますね。

作品のスタイルは変えられても、人から与えられた固定概念を変えられないなんて、ちょっとお粗末過ぎる。

パリっ子は、ポンピドゥーの前でデモした方が良いのではないか?(笑)
ほんまや。

でもこんなにフェミニスト社会なフランスでも「女性アーティストは子供を産んだら終わり。」と考えてるアート関係者結構いるらしいですよー。
ビュスタモントの作品は好きですが、この発言は事実無根という気がしますね。
まあ、そうとうの女好きなんでしょうねー。正直に思ってることを言ったんでしょうが、知性が疑われますね。

ブログ凄くおもしろいです。楽しみにしてます。
加ッ田鳥屋さん、はじめまして。
コメントありがとうございます。
ビュスタマントは私のハタラクギャラリーのお抱えアーティストのひとりだったんですが、去年くらいにロパックに乗り換えたんですよ。あんまりいい性格ではないみたいですね。ってお会いしたことないですが、、、。

「ブログ凄くおもしろいです。楽しみにしてます。」
すごくって漢字で書くとなんか凄まじいですね。っておんなじ漢字だからかもしれないけれど。
ありがとうございます。
また来てください。
ビュスタモント..正直者でしょ、べつにウソついて人気とってもしょうがないし、しかし、素直な意見として受け止めておいたらダメ。裏の裏をかくのがフランス、そう、でも、フランスはほぼ男性社会です。表面上は全く正反対のように見えても、一筋縄でいかないところがフランス社会の面白いところ。なぜフランス人の女の方達がここまで強いのでしょうか...?なんとなく韓国、中国と日本の関係の様です。ちょっと、ちがうかな?しかし、よくも悪くも、生きるすべを知ってるって感じです。フランス人特有の皮肉なのでは?OUI=NONそれが世の中。

Christine Macel彼女がどうやってここまでのし上がってこれたのでしょうか?パックマン(ぽんぴどーの館長、ボザールの前学長)
そう、政治..フランスの美術学校の政治がらみの戦争は恐ろしいです。もっとも隠れた密かに戦火が常にうごめいてるのがじつはニース、今度の新しいデイレクターは今人気の政治家の直下の....数年前のデイレクターの秘書はいまやministere de la culture. Bourgesのデイレクターとの戦争はひどいものでした。スイス、ニース、パリの関係...
そして、何も学校、教師陣のみに政治が絡んでいなく、最近興味深いのが、生徒にまで及んで来ている事...そうアーチストになるためのスターシステムが存在します。ここ数年のこと、オランダやドイツなどに負けるべく、どうにかしようと試みる実験ネズミを捕まえ遊ばせておくシステム。
今年の九月にある315の展覧会興味深いです。しかし、ワザとらしく汚い手を使って、旧東ヨーロッパのアートの状況=国=政治の皮肉でも言うんでないかとの憶測があります。ここで、Christine Macelの実力がかいま見れたらとも思ってます。しかし恩人のパックマンとフランスを敵にまわすほどの器量があるとはおもえない、いや、そこまで大袈裟にならず、ただのつまらん保守的展覧会で終わる可能性が十分あるかな..
政治抜きにしてフランスのアートは無いのが常、どんどんつまらなくなってきています。グランパレ...AIR DE PARISポンピドー....国を想って何が悪いの開き直りか?!
もっとも酷いのが、モード気分でアートをやって適当に上手くやってるつもりの中堅アーチストたち...情けないのでは,パレドトウキョー何者ですかな?
なにげにマスメディアとイチャイチャ、イタリアのベネトンの学校じゃないか!アンディーウォフォールは超えられないぜ。中途半端なインテリ目指すな、アホになる方がよっぽど難しいし、キュリエーターがアーチストになる時代なんて古すぎるぜ。
パンクだったVilla arson.もうあの時代は二度と無いでしょう。Bourgeに期待かな?いやAIXかも。
ここで、ガツンと目を覚まそうぜ、パンクども。ごますって賢く生き延びるのが世の常かね?正直者はアホを見るのが嫌な奴がうごめく世界じゃなかったのか?!でも、したたかさは必要かな?


なまえさん、はじめまして。
ながーいコメントありがとうございます。

ビュスタマントに関しては、この発言に誘導していったのはマセルだというのが、本を読むとアリアリと見えて面白いですよ~。いかにもノセラレテいろいろ言っちゃったビュスタマントです。
ま、カテゴリーも「ゴシップ」にしたぐらいですから、ちょっとした小話ですけどね。

なまえさんはフランスアート界にお詳しいようですね。私はまだまだ知らないことだらけです。
ま、アーティストは表現者であるけれども、それぞれの時代の代弁者というか、例えばルネッサンスのころからの宗教画や貴族たちの肖像画などのように、人間が現在「アート」と呼ばれるものを作り出した時代から各時代の趣向に沿ったものを発表していってるわけですし、それが現代だから変化するというのも、人間が創作するものである以上、仕方のないことというか、当たり前のことなんじゃないかなあと思います。
ピカソもダリもウォーホルも彼らの生きた時代にスターであった人たちは素晴らしいアーティストであるけれども、まず第一に自分が何をすればいいか、よく理解していた人たちだと思っています。いわゆる実業家とか、今でいうIT産業の事業家みたいなもんですね。

私はアーティストではないんで、他人が創作したものを見て、「あーだこーだ」「好き」「嫌い」とか言うくらいがオチなんですけど、、、。ははは。

なまえさんのコメントにきちんとお返事できたかわかりませんが、これからもよろしくお願いしま~す。
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