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パリの某現代美術ギャラリーでハタラクune petite japonaise(ちっちゃい日本人の女の子)が、ピラミッドの底辺から垣間見るフランスアート界。
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![]() 久しぶりにMaison Europeene de la Photographieに行ってきました。 ![]() ここの展覧会は、Jeu de Paume、Bibliotheque Nationale de France site Richelieuとあわせて、私の三大オススメ写真スポット。 2006年6月21日からUne ete italien(イタリアのひと夏)展ということで、 ・Gabreiele Basilico "Photographies 1980-2005", ・Une histoire privee : la photographie contemporaine italienne dans la collection Anna Rosa et Giovanni Cotroneo ・Francesco Jodice "Crossing" ・Patrizia Mussa "La Bona Ventura" という4つの展覧会が開催されています。 Francesco Jodiceの個展は別館で行われており、前をちらりと通っただけなので、きちんと鑑賞はしていません。 館内に入って階段を上っていくとまず、Patrizia Mussaの展覧会があります。 この展覧会、フランスに住むイタリア人を撮影したものなのですが、ひっじょーにしょうもなかった。何がしょうもないかというと、テーマとして「フランスで生まれ育ったイタリア人、またはフランスに移住してきたイタリア人」のポートレートなのですが、そのテーマを見たときは「ふむふむ。面白そう。」って思ったのに、いざ蓋を開けてみると、撮影されている人物がいわゆるセレブだけ。 コレージュ・ド・フランスの教授だとか、ジバンシーのアーティスティック・ディレクターだとか、パリに馬鹿でかいアトリエを持っているアーティストだとか、とにかくお金持ちだらけ。そんな人たちを撮って何が面白いんやろう?こういう人たちは仕事でフランスに来ているし、お金もあるからイタリアに帰りたくなったらいつでも帰れる。 一番キレたのが、「フランス駐在イタリア大使夫妻」。 もう怒り沸騰で写真が入っている額縁を叩き割ってやろうかと思いました。 大使撮ってどうするよ!こんな人たち任期が終われば、またどこかの国に行くやん。なんの不便もしてない人たちやん! ばかげてる。 主題に怒り沸騰な上、写真としての出来も全然良くなくて、まあたかが一展覧会にこんなに怒り沸騰でブヒブヒ鼻を鳴らしていた私もどうかと思いますが、キレました。 そんなわけであまりにも腹が立つので帰ろうかと思ったんですが、ここは少し冷静に大人になって、せっかく入館料も払ったし、他の展覧会も見ることにしたのです。 そしてもうひとつ上の階に上がるともうこれが最高! 素晴らしい展覧会でした。 と、その前に今のうちに最上階で開催されていたUne histoire privee : la photographie contemporaine italienne dans la collection Anna Rosa et Giovanni Cotroneo(アンナ・ローザとジョバンニ・コトロネオコレクション)展。 まあこれはイタリア人コレクターカップルのコレクションから、イタリア現代写真家の作品を集めたもんです。 ![]() ジャコメッリの作品があったのに感動しました。私に写真の黒の美しさを教えてくれた人。っていうか、いーなー。私もジャコメッリの写真を家に欲しい!うらやましい! ![]() Antonio Biasiucciの作品。タイトルから察するに、これはパンをこねているところ。めちゃくちゃダイナミックで美しい!パンをこねているところには見えない! ![]() Mimmo Jodice ![]() Franco Fontana などなど。 ではやっとこさ、Gabriele Basilicoの展覧会レポート行ってみましょう! Gabriele Basilicoは建築家としての資格も持っている写真家。 1975年から都市風景の写真を専門に撮っています。 一枚目の作品を観た時点で、もう私は幸福の絶頂にいました。 なんだ、この眩暈は。 2メートルあるかないかくらいの大きさの写真たちが目の前にせまってきて、まるでバジリコによって切り取られた街が私の頭上に落ちてくるような感覚に捕らえられました。 大都市の飽和。直線と曲線がぶつかり合いって、視線はまた別の空間に運ばれていきます。 ![]() 私は建築も写真も大好きな分野なんですが、そんなわけで建築写真を鑑賞するのが本当に好きです。 見たことのある建築や風景も、それぞれの建築写真家の切り取り方によって、また別の視点が毎回提示される快感がたまりません。 ![]() 展覧会はそこまで大きいものではないのですが、私が思うに、そのテーマが大体3つに分かれていました。 まずは、いわゆる大都市を撮ったアーバン写真。大都市の飽和状態、しかし人物が一切排除されているので、飽和状態にある大都市もまるで砂漠のような印象を与えるのです。人間が自然を支配し、歴史を作り上げていく。その証人のように、時代ごとにその力を誇示する都市建築。 バジリコが切り取った街は、まるでもうこれ以外の見方はないんだよ、というように断定的です。 ここで、とても興味深く読んだ6月27日のLe Monde誌から、バジリコのインタビューの抜粋を紹介します。
まあ賛否両論いろいろあるとは思いますが、私はこのインタビューで、より一層彼の作品の見せ付けるものを理解できたように思ったので、ここに記載しました。 第一部で紹介された、歴史の生き証人としての都市。第2部は、これもまた人間の起こすことのひとつである戦争によって破壊された都市。 ![]() とても不思議に思ったのは、このような写真は、いわゆるメディアで見る壊滅され、悲惨な状態になった都市の報道写真にもよくあるものなのに、受ける印象がまったく違ったことでした。バジリコの写真の前では、繁栄する大都市の写真から受けたのと同じような、街=「砂漠」という感覚でした。そこには「悲しい」とか「かわいそう」とか「ひどい」とかいった感覚ではなく、もっと「人間」とか「自然」とか「歴史」とか、そして特に「建築」「都市」というものに思考をめぐらすことになったのです。 第一部の作品たちでは建築、というよりも都市が織り成す直線と曲線がぶつかりあい飽和状態に達していました。そして第2部ではそのゆな直線も曲線も崩壊してしまいながらも、まだ「都市」として存在し続ける砂漠のような街。 第3部では、その直線と曲線がぶつかり合いながらも一つの調和を生み出していくような建築・都市写真で構成されていました。 これらの写真は第1部、第2部で見たように、人物も排除されているのですが、光の使い方、また撮影時の、建築に対してのバジリコの接近の仕方が違うのでしょうか。どこかの窓から誰かが顔を出したり、道から誰かが出てきたりしても全くおかしくないような作品に仕上がっているのです。 ![]() こうやって書いてみて、「うまいことしてあった展覧会やなあ。」と改めて感心しました。 建築だけを撮影した写真を通して、人間と歴史を撮ろうとするバジリコが作り出す、ひとつの物語が見えてきます。 あっぱれ。 この展覧会は2006年10月15日まで。 Maison Europeene de la Photographie 5/7 rue de Fourcy 75004 Paris + 33 (0)1 44 78 75 00 http://www.mep-fr.org/default_test_ok.htm どうか、励ましのクリックお願いしまーす! ![]() * コメント *
いいブログですね。
それにくらべ私のは。 が、がんばれ、お父さん!
やはり歴史あるフランスの写真展、そしてギャラリーもいいですね。ああ、見てみたい。
ジャコメリ私も好きなんです。このシリーズは有名ですね。 こんにちわ、
写真がお好きのようでしたら、ジュドポームでやってる シンディ シェァマン 展、もし行かれてたらレポートしてください。 Soraさん、こんにちは。
ジャコメリいいですよね〜。去年にフランス国立図書館でジャコメリの回顧展があったんですが、美しくて感動して半泣きでした。家に一枚ほしーなー。 さんさん、こんにちは。 シンディー シャーマン展、観には行ったんですが、個人的にいまいちだったので、記事にはしていません。全く良くなかったら、それはそれで書く気にもなるんですが、めちゃくちゃ良いわけでも、めちゃくちゃ悪いわけでも、どちらでもなかったんです。いわゆるビミョ〜ってやつです。 初期の作品には感銘を受けました。 あの展覧会、シンディー シャーマンにとって、初の回顧展だったらしいです。それに一番驚きました。シンディー シャーマンほどのアーティストが?!って感じでした。でも作品は世界中に散らばってるだろうし、回顧展を開くには相当の予算が必要だろうし、そういうもんかなとも思いましたけどね。 http://kanaparis.blog59.fc2.com/tb.php/71-09bf58ec |
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