フランスアート界底辺日記//パリの某現代美術ギャラリーでハタラクune petite japonaise(ちっちゃい日本人の女の子)が、ピラミッドの底辺から垣間見るフランスアート界。
2007/10/01 (Mon) Sidi Larbi Cherkaoui 「Myth」



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22年もの間ディレクターとして君臨しているGerard Violletteが引退し、その席を2008年6月から、37歳の若手演出家Emmanuel Demarcy-Motaに譲るというニュースが発表された9月25日の世界屈指のコンテンポラリーダンスの殿堂、パリ市立劇場。この日、そのニュースと共に期待を持って2007ー2008年度ダンスプログラムの幕開けに選ばれたのは、Sidi Larbi Cherkaoui の最新作である「Myth」。
これがGerard Violletteによるプログラム最後の年かーと感慨にふけりながら、「Myth」を見てきました。

sidi-larbi-cherkaoui-myth.jpg

Sidi Larbi Cherkaouiは30歳のベルギー人コレグラファー。アラブ人の父親とベルギー人の母親を持つアントワープ生まれ。ベルギー人でなければアラブ人でもない、ベルギー人のような顔をしたアラブ人の名を持つ子として育ちます。
ピナ バウシュや、「Les Ballets C. de la B.」で共にクリエーションを行ったアラン プラテルなどの、80年代から頭角を表してきたコレグラファーの影響を強く受けています。しかし彼のインタビューによれば、ピナ バウシュがダンスに演劇という概念を足したように、彼はダンスに生演奏の音楽を付け加え、アラン プラテルが個々に重きを置くダンスを深く研究しているのに対して、彼は人間と人間の関係、二つの個体が創りだす調和に重きを置くのです。

私が彼に出会った最初の作品はアクラム カーンとのコラボで発表したZero Degree。このブログにもアホみたいに感情にまかせて感動しまくった!という記事を書きました。(ブログ内検索で探してみてください。)

さて私にとっても2007ー2008年度初のコンテンポラリーダンス鑑賞を飾ったこの作品。
実は普段の私なら絶対にしないことをしてしまいました。
それは作品を観る前に批評を読んでしまったということ。展覧会でも映画でもダンスでも演劇でもパフォーマンスでも、紹介文は読んでも批評は鑑賞前に絶対読まないという鉄則を自分に押し付けている私なんですが、今回は何故か、何も考えずに眼を通してしまったのがル モンド。

ル モンド紙の評価ではかなりの酷評であったこの作品。読んでしまったいろんなことは忘れて、ニュートラルでいなきゃ!と思いながら、とにかくこの作品のテーマであるらしい「トラウマ」ということだけ頭に置くようにして、挑んできました。


で、実際観てどうだったかというと、ワタクシ個人的にはこういう類のコンテンポラリーダンスはまーーったく好きではありません。
私は現代アートでもダンスでもコンセプトがどうとか前衛的なのがどうとかいうことよりも、ただただ造形的で神秘的な美しさを求めるタチなので、そういう意味ではやっぱり今では大御所と呼ばれるコレグラファーの創り出す世界が好きなのです。悪い言い方をしてしまえば、ごちゃまぜの何でもアリのような舞台は好きではありません。別に見ますけど。たとえばJan Lauwersの世界とかね。


しかしたかが私個人の好き嫌いや、たまたま目に入ったジャーナリストたちの意見だけでは、ダンスを語るにはあまりにも安易すぎないか!という点を、2007-2008年度のダンス鑑賞の中心に置いていこうと思い立ったので、いろいろ書いてみます。そのうえ、私が好きであろうとなかろうと、ル モンドの記者がどう書いてようと、この作品の質はやはりかなり高いものであったし、これは誰でもが創れるものではないと、違った意味での感動をしたからです。


舞台は両サイドにアラベスク風のすかし模様の入った壁が設置され、奥には重厚な本にうめつくされた本棚と天井まで届く巨大な開くことのない扉。

コンテンポラリーダンスの公演で私が出会う舞台設定といえば、舞台という限られた高さと幅と奥行きのある空間であるにもかかわらず、公演が始まると、そのような限られた空間を越えて、まるで、どこまでも続くかのように思われる別の異空間に飛び込むような感覚を得ることが多いのです。そういう感覚に何も考えずに身を任せられるということは、また、作品自体にぐんぐんひきこまれていく自分を感じ、私としては至上の喜びを感じる瞬間でもあるわけです。

しかしこの作品では、舞台の幕が開いた瞬間、「閉ざされている。」と思ったのでした。開かない扉は、何の説明もないのに「あれは開かないんだ。」と瞬時に感じていました。

そのような舞台設定と、7人のミュージシャンと14人のダンサーによって、作品は構成されているわけですが、ダンサーによって表現される登場人物たちは、多種多様。花嫁。おばちゃん。女装したゲイ。兵士。カトリック教徒の冴えない娘。
しかしみな一様に、何かに恐れているのです。
そして黒い衣装を身にまとった獣のように動くダンサーたち。
彼らは獣であるのに、まるで登場人物の影、または奥深い部分を体現するかのようにつきまとい、時にはおおいつくしてしまいます。

そのような中で舞台は進むのですが、まず最初の本棚から本が登場人物たちの頭にふってくるシーン。
本棚が人間の培ってきた知識や歴史を記し、残している「本」の宝庫であると考えるならば、この本が頭にふってくるという状態は、現在の私たちがえらそうに上にのっかっている知識や歴史というものが人間の頭に落ちてきて逆に私たちを滅ぼすと捉えられるのではないか。その痛さや恐ろしさを最初のシーンに設定することによって、この作品が「トラウマ」と「人間」と「その歴史」などのテーマを持っていくんではないかと、私の頭によぎりました。

作品が進んで行くにつれ、私が感じたのは、
「人間の歴史というものは一種の「トラウマ」というものから成り立っているのではないか。」
ということ。

どのような宗教や環境の中にいようと、人間という「民族」の意識に、いやそれこそ大げさに言ってしまうとDNAに長い歴史の中で組み込まれてしまった「トラウマ」

そのようなトラウマはいつも宗教というものを生み出し、人間を支配していくのかもしれない。どの宗教でも存在する「神」というものも結局は人間が創りだしたものでしかないのだ。

後半のシーンでとても強く印象に残った部分がありました。
それは、それまで黒い衣装を着ていた男女のダンサー一組が肌色に近い衣装になり、男性ダンサーが、死体と化した女性ダンサーを死んだことが信じられず、なんとか動かそうと動物のように踊るシーン。それはまさに愛する者の死を前に、死という概念を受け入れ、あきらめ、しかしそのどうしようもない感情がトラウマというものに変化していく過程であるかのよう。そして彼女を動かそう、生き返らせようとするのをあきらめたとき、知識の宝庫である本棚の辺りから、長い長い裾をひきずった別のダンサーが死体となっている彼女の衣装を縫いはじめるのです。
そのとき私は「ああ、これで傷を封印することができる。新しいところへ進める。」と安堵感のようなものに包まれたにも関わらず、作品中、ずーーーーーーーーーっと本を読みふけっていたある男性ダンサーが、大量の重たそうな本をふらふらになって転びそうになりながらも、必死で運んでいるのです。「そんなもの捨てて!やっと解放されるのに!トラウマじゃ先に進めないのに!」と私が心で叫んでも、彼はそれらの本を運び終わることに成功してしまいます。結局世の中っていうのはそういうことの繰り返しなのかもしれません。どこかで良い方向に何かが運んでも、また別の場所では別のことが同じ状態で停滞していたりするのです。

最後の最後、もうどうしようもなくなって何もかもがただの繰り返しになったとき、開かないはずの扉からノックの音が聞こえます。そこで入ってきた男性は2本の長い棒を背中に抱え、それらをまるで十字架のようにクロスさせながら踊ります。それはまさに十字架を背負ってゴルゴダの山へ登って行くキリストの姿。彼のダンスに魅せられて、彼に抱きついていく他のダンサーたち。まるで自分の中に彼を取り込むことが一番の命題であるかのように。
しかし彼は自分に懇願の眼でまとわりついてくる人間たちを引き離し、扉の向こうに押しやり、扉を閉めてしまうのです。

ここで私は「うへー。これ嫌い。」と一瞬思ったんですが、ふとそんな風に思うのは、彼がキリストであるという点でこの作品を見、まるで救世主のようにヒーローぶった行為に出る彼に嫌気がさすのであって、例えばまた別の捉え方をして、彼がただの「救世主的存在」であり、彼が実際にそうであろうとなかろうと、そういう存在にすがりつく人間たちと考えた場合、また、ずっと作品中感じていた「歴史というものは人間が創るものであり、それはトラウマと共に消えることがなく繰り返される。」ということをうまく表しているのかもしれないと、思い返しました。

なんだか気がついてみればやけに長々と書いてしまった、、、。
好きじゃなかったんやけど、こんなにだらだらと書いちゃって、、、。

次もSidi Larbi Cherkaouiの作品を観るかな。どうかな。まだわかりません。

そんなこんなで好きじゃないといいながら結構楽しんだみたいですね。私。

ひとつ書き足したいこと。それはダンサーの質の違い。ピナ バウシュやローザスやフォーサイスの大御所の率いるカンパニーのダンサーはやっぱり本当にすごいと思います。これらのコレグラファーも天才!なんて世界中で言われていても、毎年もう何十年も創りつづけていれば、もちろん駄作だってある。でもそんな「あ、ちょっと今年微妙?」なんて私のような小娘(そこまで若くないですけど)がえらそうに思ったって、抱えているダンサーたちの魅力やテクニックや表現や身体やジェスチャアの美しさで、「あー、やっぱ美しい!これが観れたからちょっとくらい作品自体は微妙でも目をつぶります!」っていう部分がひっじょーに大きいのです。実は。


あまりきれいにまとまっていないけど、いっぱい書いたのでクリックお願いします。
ここまで読んでくれた人どうもありがとう。


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2007/05/26 (Sat) Philippe Decoufle 「Sombrero」



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先週、私の愛するコンテンポラリーダンス振付師トップ3の中に入るであろう、Philippe Decoufle(フィリップ・ドゥクフレ)の最新作「Sombrero」を観て来ました。
こちらドゥクフレのカンパニーの公式サイト。http://www.cie-dca.com/

光、影、フレーム、などなどまさにドゥクフレの世界でしたが、、、
sombrero.jpg 43.jpg

今までのドゥクフレの比べると、う〜ん、う〜ん、ドゥクフレだからって期待しすぎたかも。特に2年前に見に行ったIIrisが個人的に素晴らしいものだと思うので、もちろんアーティストが作品を発展させていくのはわかるのですが、「もっとこの人すごいことができるのに!!」とというか、何かじれったさを感じたのでした。何よりも、それぞれの進化した素材たちが、ひとつひとつの要素としてまだ完成されていないのに、発表されてしまった、なんだかそんな中途半端な気がするのです。私の求めていたものと少しずれていたのもあるかもしれませんが、どの進化もまだ発展途中の感が残りました。

ドゥクフレの舞台の魅力の大きな要素である影の使い方はより深みを増しています。ドゥクフレは「影」と一言で言っても、それはダンサーの影であることもありますが、「影」が私たち観客から見えている舞台上の影としてではなく、白いスクリーンの裏側にある、私たち観客には見えない世界のものとして存在するのです。
今回も、その影というものが主体の影として存在するのではないコンセプトはそのままですが、影だと思って見ていたものが主体として動き出し、黒塗りになったダンサーさんたちが今までの白いスクリーンの裏側からこちら側の世界にまで飛び出してきました。まさに「3次元の影」。影が白い平面にとどまることをやめ、立体の肉体として表現される。そしてそれらの「影」は主体をも通り越し、自ら意思を持って存在しはじめたのです。


その部分はいいんだけれど、そのあとなんだかメキシカンハットかぶったシーンだとか(まあタイトルが「ソンブレロ」だし、当たり前ともいえますが、、、)太陽の照りつけるような空間でのシーンだとか158.jpg

映像や踊っているダンサーたちが幾重にも重ねられた画面に何重にも映し出されるシーンだとか、なぜかどの新しい要素も中途半端で、物足りないというか、「う〜ん、そうじゃなくて〜、もっとこう、、、あるやん?」という思いが付きまといました。



今まで見てきたドゥクフレの中で、個人的には非常に残念な公演でした。愛してやまないドゥクフレの世界なので、「彼はもっとすごいことができるのに!」ととても歯がゆい思いをしてしまいました。

でも一緒に見に行った彼氏は、この公演が人生初ドゥクフレだったので気に入ったようでした。でも彼としては、ドゥクフレの舞台や空間は好きになったけれど、踊りとしては気にいらなかったみたい。
ドゥクフレの時代遅れのナルシスト丸出しのソロのダンスも、うんざり。

フランス在住の方ならわかると思いますが、Grolandの大統領、Christophe Salengroも出てます。


157.jpg 45.jpg


ここからヴィデオが少し見れます。Extraitという部分をクリックしてみてください。
http://www.theatre-chaillot.fr/spectacle.php?id=27&view=media


でもこれからも追いかけます!ドゥクフレ。

6月にはドゥクフレの「Solo」も見に行きますよー!

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2007/05/24 (Thu) James Thierree 「Au revoir parapluie」



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先週だったかもうあれは先々週の話になるんだか、生まれて初めてJames Thierreeのダンス公演を見に行ってきた。
演目は「Au revoir parapluie」。

チャーリー・チャップリンの孫にあたるジェイムズ・ティエレは、サーカス劇団を持っている両親のもと、4歳からサーカスの舞台に立ち始めたいわゆる英才教育を受けた人。
フランスでは映画俳優としても活躍しています。

舞台にはまさにサーカスのような空間ができあがっていて、黒子さんたちなんかの作業も演目の一部としてしっかり見えて、なんだか混沌としているようだけど、舞台上の空間を床の部分の幅と奥行きを利用するだけではなくて、舞台の床から天井までの高さも最大に利用している部分なんかは、サーカスを見に行ったことのない私でも、「サーカス的空間の使い方なのかな。」と思いました。

アクロバットの男性、歌手の女性、日本人ダンサーの女性二人(ドゥクフレのIrisにも出演していた、伊藤郁女さん、今回もすばらしかった)、そしてパントマイムのJames Thierreeで構成される出演者たち。


サーカスの持つ、そしてまさにチャーリーチャップリンを彷彿させるメランコリックな世界。
見ていると、顔がゆるんできて微笑んでいたり、がはがは笑ったりしているのに、なんだか切なくて物悲しくて涙が出てくる。

AuRevoir1.jpg AuRevoir2.jpg


まず、会場に入ると舞台に設置された、幕の役割をしている布が目に入りました。公演が始まって、その布がダンサーによってはがされます。
そのときに目に飛び込んでくる光景。天井から吊り下げられた何十本もの太い綱が、後方から照らされたライトのもと、ぐるんぐるん回っていて、その下にJames Thierreeが佇んでいました。
この光景を見たとき、あまりの美しさに息が止まりそうでした。
1シーン目で「ああ、これが見れただけで今日ここに来た甲斐はあった。」と失神しそうになりながら幸せをかみしめました。
今でもまぶたに焼き付いています。

本当に本当に素晴らしい公演でした。一緒に見に行った彼氏も大感激。公演のあとは、その話ばっかり。大興奮でした!

ウワサには聞いていたけれど、本当に才能のあるJames Thierree、これからも見逃さないよ〜!

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2007/05/12 (Sat) Anne Teresa de Keersmaeker 「Soiree Steve Reich」

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あれはもう先週でしょうか。ダンスの舞台を久しぶりに観に行ってきました。それもそんじょそこらのダンスじゃないよ。Anne Teresa de Keersmaeker (アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケル)の公演。それもそんじょそこらのAnne Teresa de Keersmaeker の公演じゃないよ。Soiree Steve Reich(スティーブ ライヒ ナイト)の公演。

この公演のチケットを2枚持っている言うと、みんな舌なめずりをするようにすり寄ってきて、急に優しくなったりしたけれど、無理です。なぜならこの公演は絶対に弟と一緒に行こうと決めていたから。
現代アートのことなんか何も知らない2、3年前の私にいろいろ教えてくれた師匠は弟でした。そして「お姉ちゃんな、最近コンテンポラリーダンスに興味があるねん。」と言う私に、「ほんならお姉ちゃん、これ見なあかん。」と偶然その頃テレビでやっていたAnne Teresa de KeersmaekerとSteve ReichのPiano Phaseの映像を紹介して、それがどれだけすばらしいものかを教えてくれたのも弟でした。だからパリに来て一年間月に一度くらいの割合でダンス公演に連れ回した結果、「もうダンスはええわ。」と言っていた彼と、普段はチケットを一枚だけとってさくっとダンスを観に行く私ですが、今回のだけは2枚とって弟にプレゼントしようと思っていたのです。

Anne Teresa de Keersmaekerついてはこちらからどうぞ。http://en.wikipedia.org/wiki/Anne_Teresa_De_Keersmaeker
彼女の率いるダンスカンパニー、Rosas(ローザス)の公式サイトはこちらから。http://www.rosas.be/Rosas/index.html

今回のスティーブ ライヒ ナイトは
PENDULUM MUSIC
MARIMBA PHASE
PIANO PHASE (1982)
EIGHT LINES
FOUR ORGANS
POEME SYMPHONIQUE POUR CENT METRONOMES DRUMMING PART 1 (1997)
の6作品から成り立っています。

まずはPendulum Music(http://en.wikipedia.org/wiki/Pendulum_Music)。天井から長いコードによってつり下げられた二本のマイクと、その真下に設置されたふたつのスピーカー。二本のマイクが振り子のように振り出されると、マイクがスピーカーの上を通る度にキーンキーンという音が繰り出されます。その二つの音が重なり合い、そして離れて行き、そしてまた出会う。最もシンプルな形で表現されたライヒの世界。

次はMarimba Phase。
IMGP2106.jpg
二台のマリンバがそれぞれ異なった3、4音のリズムを奏でます。それらのリズムがうまく重なり合ったり、まったくの不協和音を奏でたり、どのような状態でも美しい。


そして!待ちに待ったPiano Phase!(http://en.wikipedia.org/wiki/Piano_Phase
IMGP2107.jpg
ふたつのピアノ、ふたりのダンサー、重なりあう影、激しく揺れるスカート、振り出される腕、出会いそしてまた離れて行く、永遠に続くかのように思われるリズムとダンス。催眠術にかかったような夢見心地の状態。
あーもう何もいらない。


そしてEight Lines。女性ダンサーだけによる新しい作品です。
IMGP2108.jpg
私はキースマイケルの作品ではどちらかというと、ひとりやふたりで繰り広げられるものが好きで、大勢のグループが舞台上を踊るという形式がそこまで好きではないので、個人的にいまいちでした。

お次はFour Organs。さきほどのは女性ダンサーだけでしたが、今回は男性ダンサーのみによるダンス。
IMGP2114.jpg
音楽もいまいち。ダンスもいまいち。うーん。

そしてダンサー全員でのPoeme Symphonique Pour Cent Metronomes Drumming Part 1。
IMGP2117.jpg
会場中にどどんぐわーんと押し寄せてくる太鼓の音の波、どんどん高揚していくだんす、いつも通りのスタイリッシュなAnne Teresa de Keersmaekerの空間、すべてがうまく溶け込んで勢いのある作品になっていました。
まあ、太鼓の演奏がすばらしく、それにエネルギーをもらっているというか、助けられている部分もかなりあるとも言えるかな。


全6作品が終了して、拍手喝采の中出てきたダンサーたち。
まあこれはいつものことなんだけど、なんとなんと、上記の6作品をまとめあげたような、作品それぞれのダンスの要素があちこちにちりばめられたダンスを踊り始めたのです!
これがとても素晴らしかった!なんかおまけ付いてきた!っていう得したような気分にもなれたしね。
IMGP2118.jpg



今日の記事は感想でもなんでもありません。
Piano Phaseを生でも見たよ!いいやろー!というただの自慢でございました。

ローザス・ダンス・ローザス / ローザス

実は今夜もキースマイケルの別の公演を観に行きます!むふ。
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2007/02/11 (Sun) Bejart, 50ans de danse au palais royal



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前回書きましたモーリス・ベジャールの80歳記念イベント。早速言ってきました。
参照:http://kanaparis.blog59.fc2.com/blog-entry-138.html


しかしこれがねー、残念なことに相当いけてなかった。あはは。そういうこともあるさな。

まず、ヴィデオ作品と音楽だと思いきや、写真でした。
ベジャールのダンスのふるーい写真たちが、パレ ロワイヤルのファサードに映し出されるんですが、それが音楽にあわせてクルクル回転したり、移動したりするんです。そう、それだけ。
IMGP1821.jpg IMGP1823.jpg IMGP1827.jpg
色変えたりもしてた、、、。


私の期待が大きすぎたのと、金曜日の夜は雨が降っていたので、なんだか残念な結果に終わりましたが、同じものをもっと活用できると思うんですよね。
別に悪い企画ではないし、それなりにきれかったし。
ただ、この企画に対する宣伝が皆無であったのでわざわざ見に来てる物好きな人なんて私くらいだったんじゃあないかしら。それ以外は雨の降る夜にたまたまパレ ロワイヤルの中庭を通り道に選んだ人たちが「なんやこれ?」って感じで見てるだけ。
大体、夜にパレ ロワイヤルの中庭なんて通らないし。
私もたまたまギャラリーに届いた文化庁からのメールでこの企画を知ったわけでして、そこにも大した情報はなく、メールの最後には「このメールをあなたの周りの人にも転送してください。」なんて記されていて、めっちゃ他人頼り。なんじゃそりゃ。
もっと大通りに面したファサードなんかですればいいのになー。

そんなわけで、ちゃっちゃと写真を撮って、韓国料理食べに行きました。楽しかったまあいいんですけど。

文化庁、こんな誰の目にも留まらないようなことをするんじゃなくて、もっと別のお金の使い道したらいーのにー。って思いました。


残念レポートでしたが、今日もクリックお願いしますよー!


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プロフィール

Author:kana
パリにある現代美術ギャラリーで下っ端としてハタラク。

京都生まれの京都育ち。2000年5月にフランスはリヨンに来て4年何ヶ月かほど過ごし、2004年9月から現在に至るまでパリに住んでます。

こんなものも書き始めました。
「パリ現代アートギャラリー攻略ブログ」
http://kana-sunayama.iza.ne.jp/blog/
こっちでも書いてます。
SHIFT
http://www.shift.jp.org/

パリ、フランス、はたまたヨーロッパ圏内での展覧会やアート系のスポットに関する取材、インタビュー、執筆など承ります。依頼や問い合わせなどは、お気軽に一番下のメールフォームからお送りください。

フランス人の友人と共に、キュレーター団体をNPO法人としてパリで立ち上げました。
そんなわけでとにかく少しでも多くのアーティストさんたちとの交流を求めています。
「こんな面白いアーティストを知っているよ。」という人は立候補でも推薦でも、気軽にコンタクトください。
(と書いたら、早速たくさんのメールを頂くようになりました。ひとりひとりにお返事ができない状況です。返事がなくても落ち込まないでください、、、。)

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