たまには微妙やと感じた企画のことも、、、と思い、先週末にパリで開催されたNuit Blanche 2008について。
Nuit Blancheっていうのは、以前にもこのブログで書いたことがありますが、日本でも秋の夜長といいますし(ってまあそれは彼らの考えには入ってないと思うけど。)、秋の一晩、パリ中のいろんな場所で現代アート関連の企画をして、パリジャンたちが一晩中現代アートにどっぷり浸れる機会を作ろうじゃないか、的イベントです。今年で7回目を迎えたこのNuit Blanche、最近ではフランスの地方都市や、ヨーロッパ、はたまた世界の他の都市でも同日に開催されているようです。
このままいくと、日本の東京なんかで行われる日も遠くないかもしれません。
2006年のNuit Blancheは珍しく結構楽しかったので、2007年はどうしようかな、と思っていたんですが、確かそのときにパリに居なかったという理由で去年はお休み。
2006年以前のNuit Blancheで思い出に残っていることと言えば、「家の近所でダンスレッスンやってるみたいやでー。」と当時一緒に住んでいた弟と、そのときたまたま家に遊びにきてた弟の友人とで繰り出し、Forum des Hallesという映画館で、「アリー マクビール」っていうアメリカドラマで、登場人物たちが勤め先の弁護士事務所のトイレで踊るバリー ホワイトの「マイ エヴリシング」のダンスを学びましたねー。会場中大盛り上がりでめーーっちゃくちゃ楽しかったのを覚えてます。で、それからいろいろNuit Blancheがあるとちょこっと出かけたりしていましたが、いつも人が多くて結構歩くわりには次の地点にたどり着いてみれば、「え、これだけのために私こんだけ歩いたん?」と思ってしまうようなものが多く、個人的にはNuit Blancheに良い印象がありません。
という訳で、今年もみんなに「Nuit Blanche、どこらへんを見るん?」(ちなみにパリ中と言っても、いくつかの地区ごとに企画が集まっているのです。)とみんなに聞いて回るも、公式サイトを見ていろいろクリックしても「アーー!これ絶対見たーい!」と思わせてくれるような企画に出会えず、そのうえ今年はどうも音楽と光関連の企画が多いようで、音楽に疎い私はサイトをじっくり見ても、どれがアーティストの名前でどれが企画のタイトルなのかもわからないような状態で、「よし、今年もNuit Blancheは素通りしよう。わざわざ人の多い場所に行く必要ないわ。」と思っていたのです。
しかししかし、一緒にアソシエーションを運営している友人に「サンジェルマンのギャラリー巡りをしたあと、モンパルナス近くのある展示を見に行こう。そこの人と知り合いになったから、これからのためにも交遊を深めにいくチャンス。」ということで、会議のあとそのへんに行くことになり、彼女はそのあと北駅や東駅周辺のNuit Blancheをまわると言ってましたが、私は居残って配偶者とモンパルナス周辺のNuit Blancheをまわることにしたのでした。
えらい前置きが長くなりました。ぜえぜえ。
ということでですね、
まずはImmanenceの「Cover record, Sound Art : le live」展。
展示会場の壁中にレコードやCDのジャケットなどが展示されています。
ジョン ケージとかメシアンなどから始まり、ジュリアン オピーの名を一躍有名にしたブラーのジャケットまで。ヨーコ オノもウォーホルもビートルズもゲンズブールもAirも、そしてもちろんNuit Blancheの開催されたこの日にサンジェルマンの教会でコンサートをしたパティ スミスもありました。音楽に疎い私でも、曲は知らないけど、広告や雑誌で見てジャケットは知ってる。っていう視覚的にみんなの記憶に残っているジャケットというイメージたち。ミュージシャンと、各時代のアーティストのコラボレーション。音楽をインターネットからおとしたり、mp3でものすごい数の曲が手のひらサイズで持ち歩ける、なんていうCDを買わない時代だと言われる昨今、ジャケットが担ってきた役割というか、その重要性とまでは言わないけれど、面白さをじっくり味わえる展覧会でした。
写真はコンサート風景です。アーティストさんがアンプのチューナーをいじりながら、実験音楽のようなものを演奏しているんですが、実験音楽なので一般の観客のなかにはこれを音楽と見なさない人もいるようで、演奏が終わったあと、「ありがとう!(終わってくれて!)」みたいなことを叫んでいる人が結構いて、私はまあこういう反応をする人たちが嫌いなので、ちょっと嫌な気分になりました。いくら自分が好きでなかったとしてもそれはないやろ。まあでもこれも「現代アートをパリ市民へ!大衆へ!」というコンセプトの強いNuit Blancheという企画にはつきものの反応です。
お次ぎはモンパルナスのコマーシャルセンターの地下にある市民プールでの展示。
Luiza JacobsenとMarie-Julie BourgeoisによるTempo。
世界中に設置されたウェブカメラを使用して、プールの水面にモザイクのように世界中のオンタイムの空を映しだす、という主旨なんですが、いけてなかったーーー!
プールに入る(中じゃなくて、プールの脇を歩くんですけど)ために、靴を脱ぎ、靴下を脱ぎ、コートや荷物をロッカーに入れ、なんかきちゃない市民プールの床を裸足で歩き、やっとたどり着いたと思ったけど、こんなん。
もちろん世界各地の空ですから、夜のとこもあれば昼のとこもあります。でも映写するために薄暗くされたプールの水面に映像を流しても、「全部グレイやん!」というつっこみしかできませんでした。例えばの話ですけど、昼間の空ばっかり(雨降ってたりしてもいいから)の場所を選んで巨大テレビ画面に映して電気を煌煌とたいて、私たちがつい5分前にいたパリの外は真っ暗やけど、この中は昼間や!みたいなコントラストを楽しむ展示やったりしたら良かったんちゃうかなーなんて思いました。サイトスペシフィック大失敗の作品です。

そんなこんなで池田 亮司さんのモンパルナスタワーの下からヒュイーンと出る青の光線を見ながら私のNuit Blancheは続きます。
この光線が出る地点からにもアクセス可能で、そこにはサウンドインスタレーションがあります。私は人の多さに辟易してそこまで行きませんでしたが、横を歩いていると、ブーーーンという音が聞こえてきていました。彼の作品が好きなので、見に行けなかったのが残念ですが、あの人の多さには勝てません。その上モンパルナスの若者向けクラブの前に列をつくるものすごい数のレッド ブル飲んできたばっかりっぽいハイテンションの若者たちが周りにうようよいまして、ただでさえ無法地帯のような人の数なのに、より一層大変なことになっておりました。
もう帰りたいなー、と思いながらも、普段モンパルナス界隈に来ることもないので、もうちょっと見て行こうということになり、たどり着いたのが、Otto PieneのPlus leger que l'airという周りに車がびゅんびゅん行き交う大きな広場に設置されたインスタレーション。
なんなんすか、これ。
移動遊園地のアトラクションでももうちょっとマシです。
遠くから見ると巨大コンドームが舞っているのかと思いましたよ、ほんまに。
この広場をもう少し行ったところにある教会での展示がこちら。Fabric I CHのPerpetual (Tropical) Sunshine。南回帰線直下の太陽のイメージを300個の赤外線ランプを用いてオンタイムで見せるというもの。
展示が赤く浮かび上がらせる教会がきれいでした。でも作品としてはどうなんやろうか。

おーし!帰ろう!とりあえず家に帰って少し休んで、人が減るであろう2時か3時頃にマレ地区あたりをささっと手っ取り早くまわってもいいかな、なんて思いながら、配偶者は3時ころにパティ スミスの様子を見に行こうかな、なんて言いながら、メトロに乗ってシャトレまでやってきました。
今回のメインイベントの一つであるサンジャック塔の展示もほんまに「で?」としか言いようがなく、例年通り困った結果に陥ってしまった、と思っていたんですが、いつも最後にちょこっと寄ってみるサンメリ教会。
ヴィデオやらインスターレーションやらいろんなものがある中、偶然ダンスが始まりました。真っ白な照明でできる真っ黒の影と真っ白の生地、そしてダンサーさんの黒い服という、白黒のコントラストと、教会の雰囲気とダンスがうまく噛み合っていて、なかなかいいものが見れました。音楽はまあ普通でした。

同教会内の他の展示はまた微妙。写真がブレブレです。

家に着いたのは夜の1時。結局再びその晩に家を出ることはなかったのでした。ちゃんちゃん。一晩中、「選んだ地区が悪かったんや。他の地区やったらもっとええもんが見れたんかもしれんなあ。」と何度も何度も繰り返した夜でした。でも他の地区でも一緒やったかもしれません。それはもう誰にもわかりません。だって一晩しかないんですもん。
今年のNuit Blancheのアーティスティック ディレクターは、カルティエ財団のディレクターであるエルベ シャンデスとロナルド シャマという映画関連の人でした。今年のプログラムを見ていて、なんか現代アートっていうより映画とか音楽とかサウンドインスタレーションとか光を駆使したようなんが多いなあと思っていたら、そういうことやったんですね。そういえば何故かここ数年カルティエ財団は、デヴィッド リンチの展覧会したり、ロックンロールの展覧会したり、パティ スミスの展覧会したり、ディレクターが変わってもいないのに方向性だけ中途半端にミーハーなのに変わってきて変なの、と思っていたんですが、今年のNuit Blancheもそのまんま、という感じがします。
たった一晩だけの企画。そんなもんのすごい贅沢な企画で、きっともんのすごいお金が動いてるんでしょうし、もっと市民が参加して楽しめるものや、もっと市民の思考を揺るがすようなものだったらいいのにな、と思います。まあめちゃくちゃ難しいですよね。そういうのって。
どっからお金が出てるんや?と思いスポンサーのリストを見ると、なんとなんとNuit Blanche 2008は武器売買によって儲けたお金で成り立ってることがわかってしまいましたー。戦争産業の裏にこれ。
あー、どこまでも微妙や。
北駅、東駅周辺とかベルシー辺りはどうだったんでしょうかねー?リヨン駅のイベントは機材がちゃんと動いてなくてうだうだだったと聞きました。しかしなんたらかんたら言っても今年のNuit Blancheは例年以上の人の多さだったようですね。100万人以上がパリの街に繰り出したようです。
来年はどんなんなんでしょう。
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いやはや、もう9月が終わってしまいました。ここ何ヶ月かのブログを読み返していると、他の記事と比べて異様に備忘録が多いので申し訳ないです。反省します。
今月は日本から帰ってきて、日本のOLと言われる女性たちがちゃんとした格好をしているなーというのに憧れて、フランスでどう見てもそんな格好をしていたらちょっと浮くのに何度もしてみたり、フランソワ トリュフォーの「恋愛日記/L'Homme qui aimait les femme」という映画を見て、出来る限り毎日スカートにヒール、そして足は出す、という日本でなら非常に迷惑な服装をしたりしていました。なんで迷惑かと言うと、私は大根足だからです。どうでもいいことですが、学生のときに家の近所を夏場にスカートで歩いていて、横をチャリで通りかかった小学生に「だいこーーーーん!」と叫ばれたくらい大根です。まあ自覚しているのでそのときも普通に「ん?何?呼んだ?」という反応しかできませんでしたが。
こんなことは本当にくだらなくてアートと関係なくてすいません。
ここ数ヶ月の個人的な見たい映画がない氷河期が終わり、少し興味のある映画が出てきたのに、全然見れてないのも残念です。
とにかくトリュフォーの「恋愛日記/L'Homme qui aimait les femme」はめちゃくちゃ面白いので見てもらいたい一本です。セリフも、会話も、それぞれの登場人物の表情も、それこそ毛穴まで見えてしまいそうなアップも、女性の身体の部位もたまらなくすばらしいです。
短くてもいいから、できるだけ多くの記事を書いたほうがいいんでしょうかね。
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カーナビの女性の声に導かれてたどり着くと、そこには左官屋の事務所のような、小さな街の公民館のような建物があった。「本当にここなのかな?」と少し不安を感じながら扉をくぐると、きっとこの場所がアーティストスタジオとなる以前から使用されているに違いない、キッチュな柄のスリッパがいくつか鎮座していた。靴を脱ぎ、スリッパのひとつに足を入れて、「こんにちはー!」と勢いよく投げかけてみる。
何よりもまずは作品を見なくちゃ、と私はインスタレーションの作品の中に体を潜らせた。
お茶席の躙口をくぐるときのように、はたまた子供の頃どきどきしながら近所の空家に体を小さくさせてこっそり忍び込んだときのように、体を低くして入っていく。
そんな体感するデジャヴは、私の心にも同じように作用する。お茶席の躙口を通るときの、ここからは日常とは別の空間であり、別の世界観が広がっている、という神妙な思いと、空家に忍びこむときの、一体何が待っているんだろう、というワクワクした思い。
ほんの少し進むと上方向に広がる、人が一人立っていられる空間。そこで立ち上がると相変わらず白い壁と床、天井に包まれているのだが、目線より少し高い位置に数センチの切れ込みを見つけた。
私は背伸びをし、その四方に延びる切れ込みを覗き込む。焦点があまり定まらない目で捉えられたものは、まるで火星の表面のような岩石や土の固まりがころがる広大な風景だった。
この作品の作家である森川 穣さんによると、これらの土や石は、他2名の作家と共に運営しているアトリエ ギャラリーであるStudio 90の縁の下から採取したものらしい。オープン記念展示ということで、何かこの場所でしかできないインスタレーションを創作したかったと言う。
近年「サイトスペシフィック作品」というと、現代美術の展示に一般的に利用される美術館やアートセンター、ギャラリーなどの、ホワイトキューブと呼ばれる空間とは別の場所を利用し、その空間や、光の入り方、また空間の持つ独特の雰囲気に合わせて自身の作品の展示を変更するというのが多く見受けられるが、彼の場合はそのような作品たちとは一線を画す。彼は空間の中にホワイトキューブに限りなく近い白い空間を作り出すが、マテリアル自体が「サイトスペシフィック」なのだ。彼は、そこで毎日寝起きを繰り返したとしても、普段は目に入ってこない床下の土壌を私たちの目線まで引き上げる。
しかしそれらの土壌は、目線の高さにあるからといって、手に触れられるものではない。少し背伸びをして覗き込むという行為とは真逆の動作、縁の下にしゃがんで頭を傾けて覗き込むときと同じように、手に触れられない存在として残されている。それは日本の産土神に代表されるような、自然の中に神の存在があるという信仰にも結びつくのかもしれないが、ここで私が感じ取ったのは、作家 森川 穣が、これから自身の作品を創作していく場としてこの土地を選んだという決意と意欲、この土地に対する多大なる敬意であった。
それはサイトスペシフィック作品によく見られるような、「場所への挑戦」ではなく、美しい謙虚なまでの「場所とのコラボレーション」であった。
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というわけでですね、なんとなく真面目に書きたくなったのでこういう文体になってしまいました。
2008年の夏に日本に帰ったときに、いろんな美術館での展覧会なんかを見ましたが、私の心にすごく印象的に残ったのはこの展示でした。見たときも「こんなええもんが見れたー!」と普通に嬉しかったのですが、月日が立つにつれてどんどんこの作品の奥深いところが見えてきて、存在が大きくなっていった展示でした。
この森川 穣さんのことは、以前から彼のブログで知っていて(っていうかブログなので本名は存じませんでしたが。)、ブログのタイトルと内容から、私のなかでは「アートホリックの人」というニックネームで呼んでいました。
ブログで彼がイギリスでのアート留学を終えて、京都でアトリエ ギャラリー、studio 90を友人の2名のアーティストさんと始めた、そして夏には彼の作品展示があるということで、車の運転がめちゃくちゃやばい私ですが、実家からそんなに遠くないので行ってきました。
以前からファンなのに、ブログのコメントとかあんまり残すのが苦手な私なので、前もって「行きたいんですけど、、、。」とメールを送ったところ、彼のほうも「底辺日記、検索にひっかかったことあります。」ということで、いざ会うとなんだか気さくに話すことができました。
当日は、一緒にこのスペースを運営している泉 洋平さんもいらっしゃって、楽しくおしゃべりできました。っていうか、頭のいい、しっかりとした若い男性二人と話すのが楽しくて、すっかり長居してしまい、多分うざいおばさんだったと思います。
日本の実家にいたときに弟の友達が家に来て一晩中うだうだしゃべったり、パリで弟と一緒に住んでいたときに、弟とその友達たちとうだうだしゃべったりしたことを思い出しました。そんなふうに、いつまででもそのへんに寝転がって雑誌とかぱらぱらめくりながら、「あれってさー、こうやんなー。」なんてたまに思いついたようにしゃべりたいなーと思わせる空間と時間でございました。まあ彼らにとっては邪魔であること極まりないでしょうが。っていうか、仕事場なのでそんなことは許されません。
ちょっと車がない場合はちょっとアクセスが大変でしょうが、面白い場所なので、機会がある方は是非どうぞ!
このブログをいまでも読んでいただいてるか、わかりませんが、
森川さん、どうもありがとうございました。良い時間を過ごせて楽しかったです。
展覧会が終わったようなので、記事を書いてみました。思ったことを素直に書いたので、あまり作品の主旨と違うことがあるかもしれませんが、そのへんは伝える側と受け取る側の違いということで自由にさせてもらいました。
では、お互いがんばりましょうね。また来年の夏にでも会えればいいですねー!
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展覧会 | trackback(0) | comment(2) |
先週の土曜日に、今年度最初のマレ地区の現代アートギャラリー巡りをしたんですが、「これ!」というものにあんまり出会えませんでした。
そんななかでも、これだけは絶対見に行かないと!思っていたのが、Galerie Chantal Crousel/シャンタル クルーゼル ギャラリーのウォルフガング ティルマンス展と、Galerie Yvon Lambert/イヴォン ランベール ギャラリーで2008年9月12日から10月11日まで開催されているAndres Serrano/アンドレ セラノの「Shit/うんち」展でした。
この有名なアーティストのことはもちろん以前から知っていましたが、彼の作品に特別興味を持ったのは、作品の前でへたり込んでしまうほどどこまでも美しい「The Morgue/死体公示所」シリーズに関するダニエル アラスのテキストを何年か前に読んでからです。

ブログに載せるのに、一応血とか肉とか変色とかのあまり見えないものを選びました。
死因がそれぞれの作品のタイトルになっています。
さてさて、パリとニューヨークに既にギャラリーを持ち、フランスのアヴィニヨン近くには財団を持ち、来る10月16日にはロンドンにも新しくギャラリーをオープンさせる、Galerie Yvon Lambert/イヴォン ランベール ギャラリーですが、アンドレ セラノの作品に関しては独占権を持っています。ということは、基本的にこのギャラリーからでないとアンドレ セラノの新作は手に入らないということですね。まあそんな、ギャラリーにとっては大切なアーティストさんの一人であるセラノの個展、パリだけでなくニューヨークでも同時期に開催されています。展示風景をサイトで見る限りでは、エディション違いの同じ作品が展示されているようですが、その展示方法が少し違います。
パリでの展覧会風景はこんな感じです。
「うんち」展だから、セラノお得意のドアップのうんちの写真だろうという予測がついていたとはいえ、展示スペースに体中入ってしまうと、ほんとにうんちだらけでちょっと「うへえっ」となりました。こんなにじっくりうんちを眺めることなんて普段ないですからねー。
先ほどの「死体」シリーズでも感じる、作品の前での「いたたまれない」感。「死体」シリーズではなんだか凝視してはいけないものを見て、それを「美しい」と感じてはいけないんじゃないだろうか、という自分のなかの声と、それでもやっぱり「美しい」と感じずにはいられない矛盾がありますが、今回のシリーズでは「凝視したくないのに、じっくり見てしまったー。」という妙な不快感と呼べばいいんでしょうか、違った意味での矛盾がわき起こってきます。
そんなこんな言ったって、まあ真面目くさった顔をしてうんち写真を見てる私たちのほうがよっぽど滑稽なのかもしれません。
この真ん中の上の写真とか、鶏の顔みたいに見えません?

ころころしたものから、洞窟のような海沿いの岸壁のようなものから、カレー味(すいません!)のようなものから、なんか髪飾りをつけている頭のようなものから、いろいろあります。これってうんちを見つけてその場で撮影したんでしょうか、それともわざわざスタジオまで持って返ったとか?それはさすがにないかな。
有名なギャラリーなので毎回結構見応えがあります。パリに来られる際は是非立ち寄ってもらいたいスポットです。こんなに大きなギャラリーなのに、受付にイヴォン ランベール本人がいることもしょっちゅうです。
Galerie Yvon Lambert/イヴォン ランベール ギャラリーのサイトからアンドレ セラノの名前をクリックすると、うんちが見放題なのはもちろん、うんちシリーズ以外も見れますよ。
Galerie Yvon Lambert
108 rue Vieille du temple
75003 paris
tel : +33 (0)1 42 71 09 33
fax : +33 (0)1 42 71 87 47
火ー金 10時−13時 14時半ー19時
土 10時ー19時
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ギャラリー | trackback(0) | comment(6) |
先週と今週は、私の働くギャラリーでもロンドンで月曜と火曜に行われたダミアン ハーストのサザビーズでのオークション「Beautiful inside my head forever」のことで持ち切りでした。
結果は月曜日がこちらで、火曜日がこちらです。
10日間の展示会で21000人もが見に来たわけですが、先週末にロンドンに行っていた私のボスも、このオークションの展示会を見て、パリに帰ってくるなり「すごかったーーーー。」と言ってました。私もホルマリン漬けの牛とサメ見たかったなー。まあこれを何度もやるのには動物好きなので反対ですが。そんなことよりボスのブラックベリーがうまく機能しなくてパリのギャラリーにいる私たちも連絡がとれず困っていたら、次にかかってきた電話が「なおったー。ダミアン ハーストが直してくれたわ。」というものだったのでびっくり。「ええ!ハーストに会ったんですか!!」って聞くと「そうそう、ご飯食べてたらそこにいはってん。」「えー、その電話、金庫入れといたほうがいいんちゃいます?」なんて話もありました。![]()
写真がここから、動画がここから見れます。
簡単になぜこのオークションがこんなに話題になったかと言えば、ダミアン ハーストはガゴジアンとホワイト キューブという世界トップのギャラリーのお抱えアーティストで、世界で最も作品の値が張るアーティストの一人です。そんな彼がふつうならセカンダリーマーケットとして存在するオークションハウスであるサザビーズで、わざわざこの機会のために制作した(といっても彼は常時100人以上ものアシスタントを抱えるアーティストビジネスマンなので、別に彼が絵を描いたりしてるわけではありません。)アート市場に初登場する作品223点(!)をも、アーティスト自身が直接競売にかけるからです。
アート市場にはプライマリーマーケットとセカンダリーマーケットというのが存在して、例えばギャラリーがお抱えアーティストの作品をコレクターに売るという市場が第一市場でありプライマリーマーケットと呼ばれます。そしてそのコレクターがその作品をまた別の画商を通したりオークションハウスを通したりして売買するのが第二市場であるセカンダリーマーケットです。セカンダリーマーケットはその作品が売買しつづけられる限り、第3や第4市場とは呼ばれずセカンダリーマーケットと呼ばれつづけます。というわけで、暗黙の了解でアーティスト本人ができたてほやほやの作品をセカンダリーマーケットの代名詞でもあるようなオークションハウスに委ねるということは、密な関係を維持しているはずのプライマリーであるギャラリーを完無視してるという、ある意味小気味良いような、ギャラリーからしたらかなりの謀反行為となるわけです。
と言っても、現実にはガゴジアン本人も今回のオークションに作品を買いに来ていたようだし、大成功に終わった今回のオークションによって逆にまた一段とハーストの作品価格が跳ね上がったわけで、別にこれからは普通にギャラリーを通して売っていくでしょうから、ギャラリー側からしても良かったのかもしれません。まあそれは単純過ぎる意見かもしれませんが。きっとアート市場はもっとややこしいものなのかもしれませんが、私にはよーわかりませんわ。
私の働くギャラリーにサザビーズからのダミアン ハースト オークションのためのカタログが届いたときには、度肝を抜かれました。そんじょそこらの展覧会のカタログなんかより何倍もすばらしいカタログで、なんかしらんけどキンキラキンです。カタログも1300冊も売れ、サザビーズに電話をしても手に入らないような状況になっていたようです。
驚きはオークションの目玉商品(商品で合ってますね。この場合)のひとつであるホルマリン漬けのサメの落札者が出なかったこと。まあそんなことを言っても、二日間のこのオークションの売り上げは1億1100万ポンド(約211億円)。もうこんな単位よくわからないけど、最低評価額の2倍の売り上げだったらしいです。こう言ってくれたほうがわかりやすいです。すごさが。もうひとつのホルマリン漬けの目玉である金の子牛は、1030万ポンド(約19億円)で売れましたとさ。
まあこういう類いのプライマリー マーケットとセカンダリー マーケットがぐちゃぐちゃになってどうしたらいいんでしょうというような出来事は、フランスでは法律によって禁止されてるようです。フランスのオークション会社はせめて一度はどこかで展示されたものか、一度でも誰かに購入されたものでないと、扱うことができないってなんかの記事で読みました。そういえばこのブログに以前、ジャン フィリップ レイノーというフランス人アーティストが自分の作品をオークションにかけます、という記事を書いたことがありました。しかしこの場合はわけが違います。だってここで競売にかけられた作品は最新のものであったわけではなく、彼のアトリエの倉庫に眠ってた作品たち、そして一度はニースでの個展で展示された作品で、今までに買いたいと思う人があれば、なんとかしたら買えた作品たちですから。それに彼は「ここ!」といった特定のギャラリーを持たないアーティストでも有名です。また最近では中国や近東アジアのアーティストたちが自分たちの作品の価格を生み出す(ここの違いです。)ために、作品を競売にかけるということをしているようです。まあどちらにしても、今回のサザビーズでのような芸当ができるのは、世の中探してもダミアン ハーストくらいでしょうから、そんなにアート市場が心配することもないのかもしれません。ハーストのインタビューを読むと、さすがの彼でもこんなことして成功するのか心配で怖くて怖くてたまらなかったらしいですが、実際アート界の人たちも「これは成功しないでしょう。」と言ってたのに、唯一と言っていいくらい、The Baer Faxtというメールマガジン(?このカテゴリで合ってるのかな?)を書いてるJosh Baerだけが「成功するだろう。」と言ってました。このメルマガは現代アート界の最新の情報満載です。怖くなります。どこの誰がいつからどこのポジションについたとか、オークションの落札者の名前とか。
というわけで蓋を開けてみたら、世界のお金持ちたちがこぞってハーストを値をつりあげ、一人のアーティストに関するオークションでは記録を打ち立てました。作品は目新しいものがなく、今までにハーストが発表してきた作品のバージョン違いというような現代アートにありがちな「え?これエディション?」というようなものの羅列でしたが、それでも成功したのに、驚きというか、もう私なんかは感動を覚えます。
ま、底辺の私にはあまり関係のないことです。
最近、ダミアン ハーストとジェフ クーンズの話しかしてない気がします。
今日のブログも、ハーストはフランスのことちゃうし、私が見てきたわけでもないし、いっぱい情報もあるし、書かんとこーと思ってたのに、他の記事の前振りで書き始めたらとまらなくなりました。
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アート界関連ニュース | trackback(0) | comment(5) |

